その日と次の日の2日間、孫々は昏倒こんとうし続けた。

 そして、3日目。

 龍炎とアイラの一睡も、一服も、本当に息つく暇もないほどの、食事も何もかもらず、排泄だってすぐそこの庭で済ますほどの看病によって、孫々は目を覚ました。

 もちろん龍炎もアイラも、個人的に孫々に決して死んで欲しくはないが、ここまで身も魂も削った看病をしたのには理由があった。


 孫々が倒れた日の晩、アイラは言った。


「わたしたち『神の申し子』は人を殺しちゃいけないんですよ」

「人を? それはそうだろうが、もし殺したらどうなるんだ?」

「そうですね。最低でも、神の怒りに触れて、この世界は崩壊してみんな死にますね。わたしたちを含めた全生物が死に絶えるでしょう。生き残る可能性があるのは、それこそ魔に創られた羅殺さんくらいです」

「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て」

「さて、龍炎さんは何回『待て』と言ったでしょう? 答えはCMの後」

「言っている場合か!! もしこのまま孫々が死んだら……」

「そう。わたしが殺したことになるでしょうね。しかも最低でそれです。これはわたしの想像ですけど、神は昔、魔を封印したとかなんとか、そんな過去があるのかもしれません。羅殺さんはその封印の隙をついて創られた……とか。そして、わたしたちが人を殺すと封印が解け、神じゃなくて魔が支配する世界になるのかも」

「そうなったら……どうなるんだ?」

「分かりませんよ。こんなの適当に言っているだけですから」

「何考えてんだ、お前は!? それでどうして孫々の馬鹿な稽古に付き合ったんだ!?」

「てへっ。失敗失敗」

「可愛くねえよ!! 俺は怖えよ!! 今日の中でも1番の驚きだ!!」

「というわけですから、看病頑張りましょうね」


 つまり孫々の生死に世界の命運がかかっていたわけだ。そりゃあ必死にもなる。

 看病する方が死にそうになるほどだったが、何とか3人とも死ぬことはなかった。

 いや、アイラは死ぬわけはないことを考えると、龍炎が誰よりも必死で瀕死だっただろう。

 目を覚まし、自分の無事を飛び上がらんばかりに、いや実際に飛び上がって喜ぶ2人を見て、孫々は多少当惑する。


「お前ら、いくらなんでも喜び過ぎじゃねえか? そこまで心配してくれていたのはありがたいが……」


 言いながら、体を起こそうとする孫々。

 それを2人は全身全霊を込めて止めにかかった。


「ああ! まだ起き上がってはなりません、孫々さま!!」

「さま? 頭でも打ったのか、龍炎?」

「とにかく安静にしてくださいまし、孫々さま!!」

「アイラまでどうした? もう大丈夫だよ。遅れた分の稽古をしないと……」


 『稽古』という言葉に2人は激しく反応した。


「寝てろボケ――――!!」

「1ミクロンでも動いたら殺しますよ!!」


 龍炎は刀を抜いて孫々の首元に突き付け、アイラは力を総動員して孫々をおどす。


「いやアイラ、こいつは殺しちゃまずいぜ。生かしておかないと」

「そうでした。それなら1ピコでも動いたら生かさず殺さずなぶり続け、地獄の苦しみを永遠に味わうことになりますよ」

「怖えよ!! 死んだ方がましだ!!」


 孫々がそう叫ぶと、2人は態度を一変させる。


「駄目です、孫々さま! そんな大声を出されては!!」

「そうですよ! それでもし傷口が開いて、まかり間違って死んでしまったらどうするんです!? あなたは世界がどうなってもいいんですか!?」

「何なんだ、さっきから? お前らは使用人なのかヤクザなのかどっちだ? ちゃんと説明しろ」


 孫々は『神の申し子』が人を殺せないこと、そして怪々に話を聞きに行く予定であることを聞いた。

 孫々は納得した調子で(無理やり)寝かされた布団の中で言う。


「なるほどな。それにしても息がぴったりだったな、お前ら。いつの間にか随分仲良くなったもんだ」


 冷やかすように言う孫々。アイラは照れたようにほほを染める。


「べ、別に、龍炎さんとはただの腐れ縁ですよ」

「安易な幼馴染キャラぶるな。お前なんかよりも孫々との方がずっと腐れ縁だ」

「そ、そんな……わたしは夫を捨ててまであなたに尽くしてきたのに……」

「安易な人妻キャラぶるな。昼ドラか。それに、その外見じゃ無理があるだろ」

「本当は500歳ですけどね」

「ロリ要素だけは目茶苦茶高いな」


 そんな2人のやり取りを見て、孫々は嫉妬しっと――でもないだろうが、あまり面白くはなかった。

 ――やっぱり、こいつら仲いいな。

 そう思ったので、孫々は話を真面目な方に戻した。


「伯父さんに会いに行くなら、オレよりも龍炎の方がいいぜ」

「そりゃあお前は絶対安静だから……」

「そうじゃなくて、オレはすでに見切られてるからだよ。あの人には」

「見切られてる?」

「お前にもあまり詳しく話したことはなかったが、伯父さんは剣才のある人間と、刀にしか興味はない。そして、人間の才を見抜く目を持っている。だから話を聞いてもらうには、初対面の人間が行く方がいいのさ」

「俺に剣才なんてねえと思うが……」

「それでもお前が訪ねて来れば、まずはその才を見抜こうとする。その一瞬、伯父さんはお前に興味を向けるはずだ。オレの才はすでに知られているからな。絶対に話なんて聞いてもらえないさ」

「お前、いやもう昔のお前か、に似てるよな。全然人に興味ねえところとか。お前の本当の親って、もしかして怪々さん何じゃねえか?」

「そんな伏線っぽい出鱈目でたらめを言うな。読者が混乱するだろ。とにかく、お前が行け」

「ああ、分かった。それならアイラは引き続き孫々を……」


 と、龍炎が横で話を聞いていたアイラに話を振ろうとすると、


「わたしも龍炎さんと一緒に行ってもいいですか?」


 と言う。


「はあ? どうしてだ?」

「勘違いしないでよね。別に龍炎さんが心配なんじゃないんだから。ただ、龍炎さんと離れたくないだけなんだからね」

「安易なツンデレキャラぶるな。しかも中途半端だし。デレデレじゃねえか」


 アイラが付いてくることをしぶる龍炎だったが、やがて孫々がなだめるように言った。


「2人で行けばいいじゃねえか。初対面の人間が多い方が、伯父さんから話を聞ける確率は上がるし」

「孫々、それはそうだがお前はどうする? ここには龍水しか残ってないんだぜ」

「オレと龍水の世話は、村の人間に頼めば何とかなるだろ。そうでなくとも、別にあの稽古をしないのなら、元門弟の奴らに頼めば聞いてくれるさ」


 龍炎たちの住む村の人間はみんな気さくな人間で、人の頼みを断るような人はいなかった。

 そういう星の下なのかなんなのか、とにかく孫々はまたしても道場の外へは出なかった。

 そして、龍炎とアイラの2人は、西端にあるという怪々の村へ出発した。

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