「ふわあ~」


 アイラの話が終わると、孫々は大きなあくびを1つした。

 肘をついて寝転んだ状態で、孫々はアイラの話を聞いていたのだ。

 まるっきり信じていない態度だった。

 5日前にあの光景を見て、それから自分と龍炎と万象の名前を調べ、その上でここまでの作り話を作ったのだから、まあ大したものだと、そう思った。

 しかしこんなくだらないことに力を使うなんて、なんとくだらない奴だろうとも、思うのだった。

 話し終えたアイラは、しかし孫々の態度に気分を害した様子もなく


「むにゃむにゃですか?」


 と聞いてきた。

 『むにゃむにゃですか?』とは、おそらく『眠いんですか?』といった意味なのだろう。

 別に返事もうなずきもしないが、孫々は心の中でそれを肯定した。


 ――眠い。寝たい。早く帰れ。


 気持ちよく寝ようと思っていたところに、いきなり変な少女が現れて、決して短くはない変な話を聞かされれば、不機嫌にもなるというものだ。

 孫々は黙ったまま、アイラに背中を向ける形でごろりと寝転がった。

 アイラはそれには多少腹を立てたのか、頬をぷうっとふくらませる。


「わたしの話、信じてませんねえ。じゃあ見せてあげますよ」


 『見せてあげますよ』と言われ、アイラが何を見せるのかは別に興味もなかったが、なんとなく片目だけ開ける孫々。

 その瞬間、彼の頭上から大量の水が降りかかり、全身がびしょ濡れになった。

 いきなり冷水がかけられて、孫々は脊髄せきずい反射で飛び起きると、空を見上げた。


 ――雨? スコールか?


 しかし、空には太陽がサンサンと輝いている。太陽なだけに。

 雲一つない青空だった。

 自分の周り以外、アイラにも濡れた様子は全くない。


「何だ? 今のは……」


 思わず孫々の口から洩れた言葉を聞いて、アイラは胸を張って答える。


「今のこそが神の力です! この道場の池の水をあなたにぶっかけたんですよ。物わかりが悪いおしおきです」


 言われて、孫々は未だ混乱中の頭のまま、池の方を見る。

 確かに池の水が明らかに減っていて、よく見ると池からここまでの間が所々濡れていた。

 アイラは続ける。


「本当はこの力はあんまり使いたくないんですけど、戦闘じゃないしいいでしょう。わたしの力はあなたたち同族の超パワーアップバージョンなんですよ。あなたたちは目に見える範囲で一種類の自然物が操れるのに対し、わたしは五種類の自然物が操れます。同時に千里眼があるので、実質どこにいても操れるわけです」


 明らかな証拠を見せつけられたことで、孫々は少なくともアイラが只者ではないことを理解する。

 水をかけられたことへの怒りも忘れ、孫々は質問した。


「オレもその同族とやらなんだったな。オレには何が操れるんだ?」


 ようやく自分の話に興味を持ってくれたことがうれしかったのか、さらにテンションを上げて答えるアイラ。


「水ですよ。わたしは同族に対しては同じ自然物しか操らないことがポリシーなんです。いいえ、たった今ポリシーにしました!」

「ふ~ん。水……か」


 池へ視線を向けている孫々。

 減っていた池の水はさらに減り、それはアイラに降りかかった。


「けほっ、けほっ」


 むせるアイラ。孫々はそれを見ると、満足そうに笑った。

 仕返しを忘れていたわけではなかったのだ。

 しかしアイラはそれに対してはいきどおることなく、むしろ喜びの方向に興奮する。


「すごいですよ、孫々さん! 普通、初めての人は思い通りに操れないのに!! 狙い通りわたしに水をかけるなんて」


 孫々はアイラの話はとりあえず本当なのだろうと、暫定ざんてい的に信じた。

 同時に、こいつは馬鹿だと思った。

 それ以上は何も思うことはない。孫々の中ではこれで話は終わった。

 さすがに全身が濡れている状態で寝ることはできない。

 風呂にでも入ろうか、その前にまずは体をかなければ――と着替えがある自分の部屋へ行こうと、屋根から飛び降りる。

 その一連の動きを見たアイラは、にわかに焦り出し、孫々に続く形で屋根から飛び降りる。


「どこ行くんですか、孫々さん?」

「自分の部屋。着替えて風呂入って寝る」

「ええっと……まだわたしの話が信じられないんですか?」

「信じるには信じたが、オレはそんなものに興味はない。そんなものよりは、お前の変な袴の方が気になる」


 孫々はアイラの服に視線をやる。


「これは袴じゃなくてスカートですよ!」

「すかあと? それがその服の名前か?」

「この服の名前はドレスです。じゃなくて!!」


 孫々はアイラの言うことがよく分からなかったので、服への興味も放棄した。

 そのまま歩き出す。アイラはそれを追い抜き、孫々の進路を遮った。


「どけ」

「どきませんよ! こう言ってはなんですが、あなた少しおかしいですよ。普通、自分がいきなりそんな変な力を手にしたら、もっと驚くはずです。そうでなくとも、興味を持つはずですよ。元に戻りたいとか、龍炎さんたちにも伝えなきゃとか、いいえ、もう悪用したいでもいいです。そんな風に思わないんですか?」

「思わないな」

「おかしいです」

「オレはオレのおかしさなんかに興味はない」


 孫々はアイラを避けて、先へ進もうとする。

 アイラは肩を震わせ、とうとう怒り出した。


「ふざけんなあ――――!!」

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