弐
「
男はそう名乗った。
先程まで、そこに肉があれば自分の親だろうと喰らうかのように殺気走っていた狼たちは、今は男の周りに集まり耳を垂れている。
可愛らしい飼い犬のようであり、しかしそれは懐いているからではなく、ただただ恐怖しているからだった。
狼たちは、否、この世のあらゆる生物はこの男に喰われる側なのだ。
ヒエラルキーの圧倒的頂点。巡礼の末の最終生物。
万象もその男の得体の知れなさ、そしてその強さを漠然とながらも生物としての本能で理解していた。
当のその男、悪鬼羅殺は万象が自分におびえているのを見ても、それを全く気にする様子はなかった。
羅殺にとっては、それが当然の反応だったからだ。
狼の中の1匹の頭に、ぽんと手を置く。
「こいつらは
「…………南狼?」
万象はこの人間ではないような、魔物のような男が一応は会話が成立する相手であると分かった。
しかし、努めて会話をしたい相手でもない。
「そうさ。南にいる狼だから南狼。シンプルでいいだろう? ミナミオオカミとどちらにするか迷ったんだが、漢字で書けば同じだし、読みは短い方がいいからね。やっぱりシンプルが一番さ。シンプル・イズ・ベストってね。それなのに最近の親は子供に凝った名前を付けようとするよね。名前なんてのは誰にでも読めて、呼ばれやすくないと意味がないってのに。昨今のライトノベルの登場人物なんて特にそうだ。『何じゃこれ? 読めるか!』って感じだよ。おれに言わせれば、男なら太郎で女なら花子、それでいいと思うね。聞いた話じゃ、こんなにも苗字や名前がたくさんあるのはこの国くらいらしいぜ。海の向こうじゃあ、姓も名も数パターンしかなくて、ミドルネームで区別していたりもするんだから」
万象の思いとは裏腹に、羅殺は立て板に水のごとく話し続ける。
どうやらかなりのおしゃべり好きらしい。
「おれの名前の悪鬼 羅殺っていうのは、まあまあ誰でも読める部類だし、おれの本質を表すからそれなりに気に入ってるんだけどね。君の名前は何だい? ああ、それと年齢も教えてくれ」
聞かれて万象は答える。
相手が誰であっても、ここは生きてきた上での条件反射で、自分の名前と年齢を告げた。
「神羅 万象。23歳」
それを聞くと、万象は申し訳なさそうに頭をかいた。
「ありゃりゃ、おれより年上だったのか? それなのに『若いなあ』とか言っちゃったよ。悪いね、おれって敬語苦手だから、
「別に構わねえよ」
羅殺が敬語を使う方が、万象にとっては異常に思えた。
羅殺は生物として、人間より上のステージにいるのだ。
年上だからといって、犬や猫に敬語で話す人間はいないだろう。
「ふうん。じゃあこのまま話すよ。神羅 万象か……いい名前だね。少し大仰過ぎるけど。バンダイが発売しているカード付のチョコレートみたいだ」
ライトノベルとか、神羅万象チョコとか、いったいこれはいつの時代の話なんだ?――とかいう突っ込みは禁止だ。
「そして23歳ね」
と、羅殺は仕切り直す。
「おれより年上だとしても、世間的に若いことには変わりないよ。だから、死に急ぐのは止めておいた方がいい」
羅殺は話を最初に戻した。
しかし万象はその言葉に反駁する。
「俺は死に急ぐつもりはねえよ」
「んん? 君は自殺志願者じゃないのか?」
「当たり前だ。俺はここに人探しに来たんだよ」
それを聞くと、羅殺は腹を抱えて笑い出した。
「くくくくくくく。ひ、人探しって、人探しって」
「何が可笑しいんだよ?」
「いやいや、自殺志願者以外がこの山に来るのは久しぶりだからね。そうかそうか。人探しか」
羅殺はまだ笑いをこらえ切れない調子でいる。
万象はキレる寸前まできたが、直後羅殺の顔を見て、
羅殺の邪気のない笑顔は、
「それなら……君を殺そう」
「!!!!!」
万象は金縛りにあう。一歩も動けない。
「改めて、おれは悪鬼 羅殺。しかし、これはこれより南での呼び名でね。北ではこう呼ばれてるよ。こっちの名前はあまり好きじゃないんだが」
「み、『南の魔物』!!」
羅殺が名乗る前に、万象はその名を口にした。
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