肆
「まずいことになったの」
腕組みをしながら思案する剛覇。
それを黙って見つめる龍炎。
2人はもう1度城の中へと戻り、話し合いをしていた。
「まずいことになったの?」
龍炎は剛覇の言葉を繰り返す――と、殴られた。
「何すんだよ?」
「うるさい。男のお主がそんな口調で話しても可愛くも何ともないわ。むしろ不愉快じゃ」
「いや、でもお前の古臭いしゃべり方もイントネーションを変えると意外に女の子らしくなることを発見したぜ。いまのセリフだって、『可愛くも何ともないわ』って発音すれば女の子らしいだろ?」
「活字じゃと違いが全く分からん。それよりも球の話じゃ」
剛覇は真剣な面持ちで言う。
「球の話……でもさっきの疑問符は真剣だぜ。何がまずくなったっていうんだ? お前が同族になっただけだろ」
「だけではない。これでさっきとはまるで違う状況になった」
龍炎はまだ理解できずに首をかしげる。
「儂が同族になることで、5人の同族が出そろう可能性が出てきたということじゃ。お主の友人、神羅 万象というたか?」
「ああ」
「その男が持って行った球にも誰かが触れておれば、同族が5人になる」
「いや、そうは言っても、万象は南に行ったんだぜ?」
この国は封凛華山によって大きく南北に分かれている。
そのため、南側と北側においての交流はほとんどなく、ほとんどの人が反対側のことを知ることなく人生を終える。
要するに、因果応峰ほどではないにしても、封凛華山も人を遮る壁となっている。
そして、南側に住む人間にとって『南に行く』というのは、死んだ、あるいは死期が近いという隠語だった。
当然、『南の魔物』から派生した言葉だが、この場合はそのまま原義での意味だった。
龍炎としては直接的に万象が死んだことを言いにくかった。
「まだ分からんよ。それに、さっきはああ言ったが、仮に同族が死んだ場合、その球は体内から出てくる筈じゃ」
「はあ? どうして分かるんだよ?」
「この球は神が世界を創り変えるために残したもの。そんな簡単に消滅したり、壊れたりするわけはないからの。最も、実例がないからあくまで推測じゃが。儂としては外れて欲しい推測じゃ」
剛覇の推測が外れていれば、つまり、同族の死と共にその体内の球も消滅するなら、万象が死ぬことで同族がそろうことはなくなる。
しかし、逆の場合は再び球が誰かの手に渡る可能性がある。
言いながらも、剛覇は確信していた。この推測が当たっていることを。
そして万象が死んでいるだろうことも。
龍炎は考え込み、やがてあることに思い当たった。
「そうだ。この場合万象の生死はおいておいて、別に同族が5人になっても、一か所に集まらなければそれでいいんじゃないか?」
龍炎は名案だと言わんばかりに膝を打つが、剛覇はそれを冷ややかに否定する。
「無駄じゃよ。5人の同族が現れたら、集まりたくなくても集まってしまうのじゃ。神の導きでの」
「神の導き?」
龍炎は思いっ切り
「そんなわけないだろ。たとえば俺とお前が離れればそれでいいんだろ? 神の導きだか何だか分からないが、そんなもの信じられるか」
「儂の言葉でも……信じられぬか?」
その言葉に、龍炎は一瞬言葉に詰まるが、彼の答えは変わらなかった。
「そうか、ならば。儂はこの城を出る」
「な!?」
いきなりの話に龍炎は驚く。
「何でそうなるんだよ?」
「お主がどうしても信じんなら、実際に示すしかないじゃろう。儂はこれから封凛華山を越え、北側へ行く」
「北側……」
「そうじゃ。そしてそこで一生過ごす。じゃから、お主は南側から絶対出るな」
「…………………」
龍炎は何も言えなくなる。
次の瞬間に何を仕出かすか分からない。
いきなり極論に走ったり、自分の意見を真逆にする。
剛覇にはそんなときがあった。
もう2年間の付き合いになるが、龍炎はこうなったときの剛覇にだけは付いて行けなかった。
龍炎が黙っていると、剛覇は畳み掛ける様に言う。
「それとも何じゃ? お主が南へ行って、友人の死体から出てきた球を回収できると言うのなら、それでもよいが」
万象の死を決めつけるかのような物言い。
しかし、龍炎も万象が知り合いではなかったら、剛覇の立場だったらそう言うだろう。
それに、複雑な龍炎の立場としては万象の生存を主張することも、否定することもできない。
結果、何も言えない。
「どうしたのじゃ? お主が南に行くか、儂が北へ行くか、早く決めい」
今の段階で南に行くのは危険が多すぎた。
十中八九、いや、120%以上の確率で、無駄死にすることは明らかだ。
そして、剛覇の説得はもっと不可能だった。
こうして、質実剛覇は城を出て北へ向かい、行雲龍炎は師々孫々へこれらのことを伝えるために、南へ引き返した。
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