「まずいことになったの」


 腕組みをしながら思案する剛覇。

 それを黙って見つめる龍炎。

 2人はもう1度城の中へと戻り、話し合いをしていた。


「まずいことになったの?」


 龍炎は剛覇の言葉を繰り返す――と、殴られた。


「何すんだよ?」

「うるさい。男のお主がそんな口調で話しても可愛くも何ともないわ。むしろ不愉快じゃ」

「いや、でもお前の古臭いしゃべり方もイントネーションを変えると意外に女の子らしくなることを発見したぜ。いまのセリフだって、『可愛くも何ともないわ』って発音すれば女の子らしいだろ?」

「活字じゃと違いが全く分からん。それよりも球の話じゃ」


 剛覇は真剣な面持ちで言う。


「球の話……でもさっきの疑問符は真剣だぜ。何がまずくなったっていうんだ? お前が同族になっただけだろ」

「だけではない。これでさっきとはまるで違う状況になった」


 龍炎はまだ理解できずに首をかしげる。


「儂が同族になることで、5人の同族が出そろう可能性が出てきたということじゃ。お主の友人、神羅 万象というたか?」

「ああ」

「その男が持って行った球にも誰かが触れておれば、同族が5人になる」

「いや、そうは言っても、万象は南に行ったんだぜ?」


 この国は封凛華山によって大きく南北に分かれている。

 そのため、南側と北側においての交流はほとんどなく、ほとんどの人が反対側のことを知ることなく人生を終える。

 要するに、因果応峰ほどではないにしても、封凛華山も人を遮る壁となっている。

 そして、南側に住む人間にとって『南に行く』というのは、死んだ、あるいは死期が近いという隠語だった。

 当然、『南の魔物』から派生した言葉だが、この場合はそのまま原義での意味だった。

 龍炎としては直接的に万象が死んだことを言いにくかった。


「まだ分からんよ。それに、さっきはああ言ったが、仮に同族が死んだ場合、その球は体内から出てくる筈じゃ」

「はあ? どうして分かるんだよ?」

「この球は神が世界を創り変えるために残したもの。そんな簡単に消滅したり、壊れたりするわけはないからの。最も、実例がないからあくまで推測じゃが。儂としては外れて欲しい推測じゃ」


 剛覇の推測が外れていれば、つまり、同族の死と共にその体内の球も消滅するなら、万象が死ぬことで同族がそろうことはなくなる。

 しかし、逆の場合は再び球が誰かの手に渡る可能性がある。

 言いながらも、剛覇は確信していた。この推測が当たっていることを。

 そして万象が死んでいるだろうことも。

 龍炎は考え込み、やがてあることに思い当たった。


「そうだ。この場合万象の生死はおいておいて、別に同族が5人になっても、一か所に集まらなければそれでいいんじゃないか?」


 龍炎は名案だと言わんばかりに膝を打つが、剛覇はそれを冷ややかに否定する。


「無駄じゃよ。5人の同族が現れたら、集まりたくなくても集まってしまうのじゃ。神の導きでの」

「神の導き?」


 龍炎は思いっ切り怪訝けげんな顔をする。


「そんなわけないだろ。たとえば俺とお前が離れればそれでいいんだろ? 神の導きだか何だか分からないが、そんなもの信じられるか」

「儂の言葉でも……信じられぬか?」


 その言葉に、龍炎は一瞬言葉に詰まるが、彼の答えは変わらなかった。


「そうか、ならば。儂はこの城を出る」

「な!?」


 いきなりの話に龍炎は驚く。


「何でそうなるんだよ?」

「お主がどうしても信じんなら、実際に示すしかないじゃろう。儂はこれから封凛華山を越え、北側へ行く」

「北側……」

「そうじゃ。そしてそこで一生過ごす。じゃから、お主は南側から絶対出るな」

「…………………」


 龍炎は何も言えなくなる。

 次の瞬間に何を仕出かすか分からない。

 いきなり極論に走ったり、自分の意見を真逆にする。

 剛覇にはそんなときがあった。

 もう2年間の付き合いになるが、龍炎はこうなったときの剛覇にだけは付いて行けなかった。

 龍炎が黙っていると、剛覇は畳み掛ける様に言う。


「それとも何じゃ? お主が南へ行って、友人の死体から出てきた球を回収できると言うのなら、それでもよいが」


 万象の死を決めつけるかのような物言い。

 しかし、龍炎も万象が知り合いではなかったら、剛覇の立場だったらそう言うだろう。

 それに、複雑な龍炎の立場としては万象の生存を主張することも、否定することもできない。

 結果、何も言えない。


「どうしたのじゃ? お主が南に行くか、儂が北へ行くか、早く決めい」


 今の段階で南に行くのは危険が多すぎた。

 十中八九、いや、120%以上の確率で、無駄死にすることは明らかだ。

 そして、剛覇の説得はもっと不可能だった。

 こうして、質実剛覇は城を出て北へ向かい、行雲龍炎は師々孫々へこれらのことを伝えるために、南へ引き返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る