剛覇からの話を聞き終えると、龍炎は立ち上がり、床に置いていた球を拾い上げる。


「龍炎? お主、これからどうするつもりじゃ? まさか……」


 剛覇の呼びかけに対して龍炎は答える。


「心配するな。いくら俺でも、ここで無邪気に世界を創り変えようなんて考えない。同族は5人集らないと意味がないんだろ? この球が誰の手にも触れないようにすれば、それで済む」

「何じゃ? 儂の話を信じたのか?」


 龍炎は照れながら頭をかく。


「お前以外の人間から聞いた話なら信じないが、お前が言うなら信じるしかない」

「ふん。じゃが龍炎、その球を保管するのはよいとして、そうするとお主たちはずっと同族のままじゃぞ」

「それも大丈夫だ。神の力でも何でも、使わないようにすればいいだけだろ」

「人間、力を持っていてそれを使わないなんてことができれば、苦労はないんじゃがの……」

「何か言ったか?」

「いや、それでよい。それが一番じゃと、儂も思うぞ」

「そういえば、このまま俺が死んだら、俺の中にある球っていうのはどうなるんだ?」

「知らん」

「知らんって……」

「だからさっきも言ったじゃろうが。儂は話を聞いただけで、実際にその球を見るのは今日が初めてなんじゃ。さっき話したこと以上のことは何も知らん」


 龍炎はいったん悩むような姿勢を見せたが


「まあ、俺が死んだ後のことなんて俺が考えても仕方ないか」


 と、すぐに考えるのを諦めた。

 気楽な奴じゃな――と剛覇は呆れると同時に、それが龍炎らしくもあると思った。


「送ろう」


 剛覇も立ち上がって、2人は城の出口に向かって歩き出した。

 すでに球のことに関しては整理がついたのか、通路を歩きながら、世間話を始める龍炎。


「剛覇も一応お姫様なんだから、城を抜け出したりするのはほどほどにしとけよ」


 剛覇も何事もなかったのように、その世間話に付き合う。


「一応は余計じゃ。儂はれっきとした姫じゃ」

「なら尚更だ。娘だっているんだろ? なんて言ったけ?」

剛剣ごうけんじゃ。今は4つじゃな」


 やっぱり男みたいな名前なんだな――と龍炎は思うが、それは口には出さない。


「かわいい盛りじゃねえか。母親なら側にいてやれよ」

「2歳の弟を放っておるお主に言われたくはないわ」

「くっ……最近はそればかり言われるな」


 今回も緊急事態とはいえ、龍炎は帰って早々に旅立ったために、まともに龍水の相手をしてはいなかった。

 帰ったら今度こそ遊んでやらないとな――。


 城の出口まで着くと、そこには何人かの家臣たちと彼らと遊んでいる少女の姿があった。


「噂をすればじゃな。あれが剛剣じゃよ」

「へえ。あの小娘がこうなるのかと思うと……ふう。時の流れっていうのは恐ろしい」


 龍炎は剛剣と剛覇を交互に見てそう言った。


「それはどういう意味じゃ、龍炎?」

「いや、冗談だって。おいおい、『折断糸』まで出すなよ」


 剛覇から逃れようと後退する龍炎。

 しかし、場所は山頂。後ろも見ずに下がった龍炎は転倒した。

 そして……その懐から、あの球が転がり落ちる!

 それを見ると、一番近くにいた剛剣はうれしそうに転がり落ちる球を追いかけ始めた。


「「あ――――!!」」


 龍炎と剛覇は同時に叫ぶ。

 何度も剛剣に止まるように呼びかけるが、剛剣は聞こうとしない。

 2人は一斉に走り出すが、大分スタートが遅れたため、剛剣が球に追いつく前に2人が剛剣に追いつくのは難しかった。


「おい、どうするんだ剛覇? このまま、もし剛剣が球に触れたら……」

「分かっておるわ。しゃべる暇があったら走れ!!」


 尚も2人は剛剣に呼びかけるが、やはり止まらない。

 後ろにいる家臣たちにとっては、何が何だか分からない光景であった。

 とうとう球が止まり、剛剣がそこに追いついた。

 そして、その幼い小さな手が球に向かって伸びていく。


「うっ……おお―――――!!」


 とっさに、剛覇は『折断糸』で球を宙に浮かび上がらせる。

 それにより、剛剣の手は空を切るが、それでもジャンプして球に触ろうとする。


「くああ――――!!」


 剛覇は夢中で糸を手前に引き、球を引き寄せる。

 しかし、いつもとは違い、あまりにも冷静さを欠いた無茶苦茶な糸 さばきのため、たるんだ糸が龍炎の足に絡まり、再び転倒する。

 自分の所へ倒れ込んでくる龍炎を避けようとする剛覇。

 だが、その避けた先には――球は剛覇の体内へと取り込まれた。


「剛覇」


 龍炎が起き上がりながら、声を低めて言う。

 剛覇はふうと息をつく。


「仕方ないことじゃ。剛剣が無事だっただけましじゃからの」

「いや、そうじゃなくてだな」

「ん?」


 龍炎は剛覇ではなく剛剣の方を向き、言いよどんでいたセリフを口にする。


「『折断糸』で引き寄せるのは、球じゃなくて剛剣の方にすればよかったんじゃないか?」

「あっ」


 剛覇は開いた口が塞がらないといった状態で、剛剣を見る。

 2人の視線の先にいる少女は、見つけたおもちゃを取り上げられすっかり不機嫌になっていた。

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