行雲 龍炎 対 質実 剛覇
壱
突如、道を
龍炎は道中、例の球を見つめながら、万象のことを考えていた。
――さすがにあれはやり過ぎだった。もしも万象が戻ってこなかったら……。
龍炎はまだ14歳の少年である。
若さのあまり、熱くなると周りが見えなくあることは多々あったが、決して良識のない人間ではない。
万象をけしかけて因果応峰に向かわせたことに、何の罪悪感を抱いてないはずもなかった。
どころか、深い深い後悔の念に襲われている。
いくら腹が立ったとはいえ、いくら常日頃気にくわなかった相手とはいえ、『南の魔物』の元へ行かせてしまったのだから。
大げさではなく、それによって両親を亡くした彼は、この国の中で最も『南の魔物』の恐怖を理解している人間の1人なのだ。
――孫々が追いかけて止めてくれてないかな? ないだろうな。
龍炎は自らの頭に浮かんだ可能性を、即座に自ら否定する。
孫々も龍炎と同じ境遇だが、彼には感情というものが決定的に欠けていた。
感情――物事への執着や情熱といったものが、孫々にはなかった。
幼い頃から何でもでき、いわゆる天才として育ったが故の欠落。
よく言えば冷静で、悪く言えば冷血。
両親を亡くしたことは、彼の中ではすでに割り切られている。
そして、万象のことももう割り切っていることだろう。
孫々がわざわざ万象を食い止めに
すでに道程も半分以上が過ぎ、目的地間近まで来たにも関わらず、龍炎は引き返そうかとも考え始めた。
わずかに迷った末に、龍炎は足を止め、体の向きを変えた――そのとき。
「ちょっと待て。坊主」
振り返った先には、5、6人の男たちが龍炎を
全員が何らかの武器を持っていた。
続いて、背後からも数人の動く足音や気配を感じる。
挟み撃ちにされるが、龍炎は少しも驚く様子はない。
龍炎は何度もこの道を通ったことがあり、この近辺ではこういった
「少しばかり、お前の持ってるものを分けてくれねえか?」
龍炎の正面にいるリーダー格と思われる男が、近づきながらそう聞いてくる。
背後の男たちも距離を詰めてきているようだった。
龍炎は敵の人数を確認し言う。
「8人か。まあ何とかなるだろ」
「ああ? 何する気だ坊主?」
龍炎は答える代わりに、腰に差した刀に手をかける。
「何だ? やろうってのか? 大人しくしてりゃあ、痛い目見ずにすんだのによ」
「そのセリフを言う時点で、お前らはもう終わりだよ」
龍炎は刀を抜こうとし、同時に男たちは一斉に飛び掛かろうとする――が。
「なっ!!」
「くっ、何がどうなって?」
驚きの声を上げたのは双方。
龍炎も、男たちも、体がぴくりとも動かなくなる。
ありえないことに、男たちの内何人かは空中で静止していた。
さらにその直後、男たちは自分たちの意志に反し手が動く。体が動かされる。
武器が地面に落ち、体は地面に打ち付けられた。否、
龍炎はようやく理解する。
冷静になってから目を凝らすと、極細の糸が見えた。
「『
全く異なった方向から声がする。
声のした方には崖があり、その上に、1人の女が立っていた。
女は崖の上から龍炎たちを見下ろし、右手をスッと動かす。
すると刀を掴んでいた龍炎の右手が、刀から離れた。
女は続けて右手を高く掲げながら言う。
「お主ら、今すぐ立ち去るならこの拘束を解いてやるぞ」
突然現れた女に男たちは
「ふざけんな! 何だてめえは!? 女のくせに……」
「うるさい男は嫌いじゃ」
言うと、女は掲げていた右手を下ろした。
それに合わせて男が地面から浮きあがり、宙吊りの状態になる。
そして、地面に落ちていた武器も浮かび上がり、一斉に男に向けられる。
「んん。んんんんー!」
男は口が開けず、声ならぬ声で必死に呻く。
「どうじゃ? これでも抵抗するようなら、儂は
女の言葉に、残りの男たちは口々に命乞いの言葉を言いながら逃げて行った。
リーダー格の男も拘束が解かれると、一目散に逃走する。
龍炎もやっと体の自由を取り戻した。
崖の上の女は冷ややかに笑うと、いきなり崖から飛び降りる。
10m近くの高さがあったが、女の体は重力を無視するかのように緩やかに下降し、無傷で龍炎の前に着地する。
体に纏わりつく糸を不快そうに手で払いながら、龍炎は女に悪態をつく。
「俺の動きまで止める必要はなかったんじゃねえのか、
女——
「まあそう言うな。ついでじゃ、ついで」
「何のついでだ? これって蜘蛛の巣が付いたみたいに気持ち悪いから、あんまりやって欲しくないんだが」
「そりゃあ、やられる方は不愉快じゃろうな。儂としては楽しいがのう」
剛覇は糸を回収しながら言う。
「しかし龍炎。こうしておると、初めて会ったときを思い出すの」
「あんまり思い出したくもないけどな」
龍炎と剛覇が出逢った、もとい出遭ったのは、今から2年前のことである。
当時、両親を失い旅を始めたばかりの龍炎が、今のように襲われたところを、剛覇に助けてもらったのだ。
もっとも、そのとき剛覇は襲っていた男たちよりも龍炎の方を怪しみ、2人の間で少々いざこざがあったのだが。
「にしても、また城から抜けてきたのか、お姫様? ここから城まで結構距離あるだろ」
「まあの。最近は城の近くにはさっきのような連中が減って、この辺りまで来れるようになったのじゃ」
質実 剛覇は、龍炎が向かっていた城のお姫様であるが、彼女は退屈しのぎにしばしば城から無断で抜け出す。
そのついでに、さっきのような連中を
2年前には相当に治安が悪かった城の周りも、彼女の活躍のおかげで大分よくなっている。
最も彼女はそれを意図したわけではなく、あくまで暇潰し、退屈しのぎの結果だった。
「それで儂の城に用があったのか、龍炎?」
糸を回収し終えた剛覇は、龍炎に要件を聞く。
「ああ。お前に聞きたいことがあって……」
と、そこまで言ったとき、道の向こうから大勢の男たちがこちらにやって来た。
2人は一瞬身構えるが、その人らの顔を見てすぐに警戒を解く。
彼らは剛覇を連れ戻しに来た家臣たちだった。
「家臣共に見つかってしまったか。やれやれじゃ。龍炎、続きは城で聞こう」
導かれるままに、龍炎は剛覇の城へと向かった。
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