道場に戻った行雲 龍炎、師々 孫々、神羅 万象の3人は、離れの中ぐるりと円形になって座っていた。

 一番最初に口を開いたのは、万象だった。


「とにかく、俺と龍炎と孫々。3人の中に得体の知れねえ球が入ったと。今のところ痛みとか、体の異常はねえ」


 万象の言葉に2人は頷く。

 一見、何かまとめているように見えるが、依然何も分かっていない。

 分からないままに話し、分からないままに頷く。


「それから、俺たちが他の2つの球に触っても何ともねえ。どうやらこの球は、一番最初に触れた人間の体内に入るみてえだな。そして、体内に入る球の数は1人1つってことらしい」


 万象は2つの球を持ち上げて示す。

 あの後、思い切って残りの球にも触れてみたが、3人とも2つの球それぞれに触っても、何の変化も起きなかった。


「今分かってることはこれだけ。さて、要するに」


 万象はゆっくりと立ち上がる。


「いらんことしてくれたな、てめえら!!」


 そう言って、両手の球を1つずつ2人に投げつける。

 孫々には命中する。龍炎は避ける。


「避けてんじゃねえぞ、てめえ!!」


 万象はその後、執拗に龍炎を追いかけ回す。

 孫々はそれを見て静かにため息をつく。

 やれやれ、馬鹿だな龍炎も。ここで避けたりしようものなら、万象が余計怒るのは目に見えてるのに――。


「とにかくだ」


 一段落して、万象は仕切り直した。

 龍炎は散々やられて、ボロボロの状態だ。


「てめえらがやらかしたへまとはいえ、これは俺の責任だ」


 万象の言葉に、龍炎は一層不機嫌になる。

 こんな風に、自分たちの保護者面するところも、龍炎が万象を気に入らない理由の1つだった。


「そうですか、万象さん。それで、何か考えがあるんですか?」


 孫々は心得たもので、うまいこと、万象の角が立たないように誘導する。

 敬語を使われただけで、分かりやすく有頂天になる万象。


「おうよ。万象さんに名案があるぜ。この球のことを知っている人間に会いに行けばいいのさ」

「……………」


 これは孫々でもフォローのしようがない。

 そのまんまじゃん……。


「その知っている人間を、オレたちは知らないと思うが」


 と、孫々はタメ口に戻した。

 万象は鼻で笑ってそれに答える。


「ふん。何を言ってんだ、孫々? いるだろうが、確実に知っている人間が。4人もな」

「4人? いったい誰だ?」

「お前らの両親だよ」


 その言葉にいち早く反応したのは龍炎だった。

 万象の胸ぐらを掴み掛り、ものすごい剣幕で怒鳴り散らす。


「いい加減にしろよ、お前! 親父たちは死んだんだ!!」


 孫々ですらびびる龍炎の剣幕に、しかし万象は冷ややかに返す。


「あ? 何言ってんだ? お前らの両親が死んだ? 誰がそんなこと言ったよ」

「お前っ!!」


 龍炎はついに、万象を殴りつけた。

 万象は一切抵抗しない。

 龍炎がこれまで耐えてきたものが、一気に噴き出した。

 万象は龍炎たちの両親が生きていると、本気で信じている。信じ込んでいる。

 しかし、そのことを当然のように言う姿は、龍炎を憤らせていた。

 それだけは、禁句だった。

 龍炎だって、孫々だって、生きていて欲しいと願いながら、それは叶わないと分かっている。

 それを、まるで希望を煽るかのように言われて、耐えられるわけはない。

 龍炎は叫ぶ。


「もう死んでるに決まってるだろ! 親父たちが行方不明になって、何年経つと思ってんだ!!」

「2年だな。それが何だってんだ? たった2年で人が死ぬわけねえだろ」

「ふざけんな! 本気で言ってんのか!?  お前だって分かってるだろ!? 親父たちは……親父たちはもう帰ってこないって!!」


 胸にたまっていたすべての思いを出し尽くし、龍炎は肩で息をする。

 万象は何を怒っているのか分からないという調子で答える。


「『南の魔物』か? そんなものにあの人たちがやられるわけねえだろうが?」


 その態度に、龍炎はもう一度握り拳を作る。

 しかし、今度は殴らなかった。

 殴らなかったが、その拳を床に叩きつけた。

 当然、これだけで怒りが収まったわけもない。


「そんなに言うなら、行けばいいだろ? 因果応峰に! それで『南の魔物』にやられちまえよ!!」

「ちょっ……龍炎、いいかげんにしろ」


 さすがに見かねた孫々が、龍炎の正面に回り抑え込む。

 続いて、万象の方にも向き直った。


「万象も。こんなところで言い争ってもしかたないって」

「分かった」


 万象の返事に、ほっと安堵する孫々だったが


「言われる通り、行ってやろうじゃねえか。因果応峰によ。そんであの人たちの生存を証明してやる」

「そっち!!」


 そんな場面でないことは分かりながら、孫々は突っ込まざるはいられなかった。

 龍炎はそれを聞いて


「上等だ。じゃあ2つの球の内1つはお前が持って行けよ」

「おい。龍炎。だからやめろって」

「それで、残りの1つはどうする気だ?」

「万象も取り合うなよ。こんな馬鹿な言い争いに」

「俺が持っていく。俺もこの球のことを知っている奴に、心当たりがあるからな」

「だからさ……」

「面白い。でもまあ、好きにやれよ」

「お前らなあ……」


「「お前は黙ってろ!!」」


 必死に2人を取り成そうとする孫々だが、ひたすら無視された挙句に、左右から同時に怒鳴られる。

 もうどうにでもなれ――と、孫々は説得をあきらめた。

 ただ、この馬鹿な言い争いが、田舎村の1人の少年と1人の青年の論争が、後の大戦争の引き金になることを知っていれば、どんな手段を使っても止めていただろう。

 しかし、今の孫々にそんなことを知るすべはないし、予想できるはずもなかった。


 それから、万象はそのまま球の1つを持って南へと向かった。

 因果応峰に住まう『南の魔物』の元へと。

 そして龍炎もまた、次の日に球の1つを持ち反対側、北へと出発する。

 出かける前、龍炎と孫々の会話。


「じゃあ行ってくるわ」

「お前な。真面目な話、万象は死ぬぞ。それもお前が殺したようなもんだ。それでもいいいのか?」

「もう知らねえよ、あんな奴。死んでもそれは『あいつの責任』だろ?」

「は~あ。それで、球のことを知っている奴に心当たりがあるって本当か? あの場のノリで適当なこと言ったんじゃないだろうな?」

「本当だっての。そりゃあ、確実とは言えないが、俺はあいつが知らないことがあるとは思えない」

「ひょっとして話に聞く、男みたいな名前のお姫様か?」

「ああ。その男みたい名前のお姫様の所に行ってくる」

「あ~、もう何も言わねえよ。せいぜい気を付けろ」

「それじゃあ、龍水のこと頼んだぞ」


 振り返って、龍炎は歩き出す。

 孫々は呆れながらも


「ああ」


 と短く答え、道場内に戻ろうとする――が


「ん、待てよ? おい、龍炎! 約束はどうなった!?」


 その声を背中に受けて、龍炎は走り出した。

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