夜になり、龍炎と孫々は約束通りに、例の桐の箱が置かれているほこらへ向かった。

 時間は0時を過ぎ、すでに日付は変わっている。


「夜とは言ったが、こんな暗い中を歩くとはな。これじゃあ何も見えん」

「誰かさんが起こしても起こしてもぐうすか寝てるからだろ。昼から数えてどれだけ寝てたんだよ」


 孫々が闇に対しぼやき、龍炎が孫々に対しぼやく。


「なあ、龍炎。オレ帰っていいか?」

「駄目に決まってんだろ。約束しただろうが」

「そんなこと言っても、オレは『あれ』に何の興味もないしな。1人で行けばいいだろ」

「1人だと、ばれたときに俺だけ万象に怒られるだろうが」

「最低だなお前。そのためにオレを連れてきたのか?」

「ああ、そうだ。それがどうした?」

「開き直るな!」


 昼間の仕返しをする龍炎。

 やがて2人は祠の前までやって来た。

 そこで一気に2人は緊張感を高め、全神経を集中させる。

 2人は何の示し合わせもなく、祠の左右に回り込む。

 左に孫々、右に龍炎。


「そっちはどうだ、孫々?」


 龍炎は声を潜めて孫々に声をかける。


「大丈夫そうだ。そっちは?」

「こっちも大丈夫だ。だが、油断するなよ」

「ああ。そっちもな」


 2人は声を潜めたまま、慎重に祠へと近づいていく。

 1歩、2歩、3歩。祠まで、残り3歩。

 1歩、2歩、3……。


「龍炎、上だ!!」


 孫々の叫び声と同時に、龍炎の頭上から無数の岩が降りかかる。


「くそっ! やっぱり仕掛けられていたか!!」


 龍炎はかろうじてその岩を回避するが、続いて竹槍、落とし穴など、第2第3のトラップがその身を襲う。

 一方、孫々の方もトラップに襲われていた。


「おかしいぞ、龍炎!」


 トラップを回避しながら、孫々は叫ぶ。


「は? 何がだよ!?」

「トラップの数だ。見ろ、オレたちから大分距離のあるトラップも作動している」

「確かに。基本、トラップは連動で起こるものなのに、今回のは一斉に……」

「そうだ。おそらく今回はあまり時間がなかったんだ。だからどこかのトラップが作動すると、すべてが作動するようにした。それでオレたちの混乱を狙ったんだ」

「そうか! つまり今トラップが作動していない場所には、トラップはない!!」

「そして、その場所は……」

「「ここだ!!」」


 2人は同時に跳躍し、安全地帯に到着する。

 それは祠の真正面の道だった。


「まさか真正面にだけトラップがないとはな」


 龍炎は一本取られたといった風に言う。


「オレたちの盲点をうまくついたようだが、甘かったな」


 孫々もトラップを攻略したことにより、すっかりその気になっていた。

 説明するまでもないことだが、これらのトラップの仕掛け主は神羅万象である。

 例の箱に近づく2人(主に龍炎)を撃退するために仕掛けられたものだ。


「さてと、じゃあいよいよ。お宝拝見と行くか」


 龍炎は意気揚々と祠に近づく。

 孫々も肩をすくめながらも、それに続く。

 桐箱に張られていたお札をぞんざいに外し、龍炎はふたを開けた。

 突如、箱の中からまばゆい光が放たれた!


「うわっ!」「何だ、いったい!?」


 突然の光に目がくらむ2人。

 光が消え、目が慣れた後、2人は同時に箱の中を覗き込んだ。

 そこにあったのは


「球? 球が5つ?」

「ああ。水晶玉みたいだな」


 箱の中には、無造作に5つの水晶玉が収まってるだけだった。

 孫々はそれ見たことかと言わんばかりである。


「気が済んだか、龍炎。こんなものの中に、大層なものなんか入ってなかっただろ?」


 龍炎は箱を手にしたまま、未だ納得し切れていない顔で応じる。


「まだ分からないだろ? お前もさっきの光を見たはずだ。この球はきっと何か特別な……」


 龍炎が言い終わらないうちに、孫々はその球の1つを手に取り言う。


「この何の変哲もない球がか? そりゃあ、オレもあの光には驚いたが……」


 と、孫々もそこから言葉を続けることができなかった。

 それもそのはずである。つかんでいた球が、するりと、溶け込むように孫々の体の中に吸い込まれていったのだ。

 その光景に愕然とし、2人とも何も言えない。

 しばらく、夜の森に沈黙が訪れた。

 やがて、意を決したように龍炎が口を開く。


「い、今、その球がお前の体の中に」


 龍炎は孫々の手を指差す。

 孫々も自分の手から龍炎へ視線を移す。


「お、お前もそう見えたか?」

「あ、ああ」

「目の錯覚じゃあ……」「……ない」


 再び沈黙が訪れた――そのとき。


「てめえら!!」

「「う、うわあー!!」」


 突然の怒号に2人は驚き、孫々は転倒し、龍炎は4つの球が入った桐箱を宙に放り投げる。

 それから、ボトボト、トサと球と桐箱が落ちる音がした後、森の奥から1人の男が現れた。

 暗闇の中、真っ暗な法衣に身を包んだ男の姿を捉えることは、難しかったが、2人はすでにそれが誰か十分に把握していた。


「万象、これには深い事情が……」

「オレは関係ないんだ。龍炎に連れられて無理やり」

「何だ孫々! 俺を売る気か? なんて奴だ」

「お前が言うな!!」


 2人の釈明しゃくめい、もとい罪のなすり付け合いが始まったが、万象はそんな言葉に聞く耳持たず、

 ジャラン!!

 と、手に持っていた錫杖を鳴らした。


「龍炎、俺は何度も言ったよな? ここには近づくなと」

「いや、だから、それは……」

「孫々、『もう2度としない』と言ったはずだ。そうだよなあ?」

「オ、オレは龍炎に……」


 万象は何年か後、一人称を余、二人称を手前とするような、非常に古臭いしゃべり方をするようになるのだが、このころにはその片鱗もなかった。

 2人は万象の剣幕に押され何も言えなくなる。

 しかし、龍炎は直後にハッと思いつき、万象に向かって言う。


「聞いてくれ、万象! 実は……」

「おうおう、言い訳か? 言ってみな。言えば言うほど後の神罰は重くなると思え。だがまずは、俺に言い訳する前に親父さんに謝れ! てめえは親父さんの信頼を裏切ったんだぞ!!」

「そうじゃなくて、この桐箱の中身が球で、それから体の中に、孫々が手で……えっ~と」


 龍炎は混乱して、うまく説明ができなかった。

 その様子に並々ならぬものを感じ取ったのか、万象は話を聞くことにした。

 ようやく落ち着きを取り戻した龍炎は、万象に事の次第を説明する。

 聞き終えると、万象は目を閉じて考え込んだ。


「ふ~ん。球が体内にねえ。にわかには信じられねえ話だが」

「それが本当なんだよ。万象は何か知っているのか? このことについて」

「いーや、何も。俺はただお前の親父さんの言いつけを守っていただけだからな。で? 問題の球ってのがそこに転がっているやつか」

「ああ、そうだ。5つの内1つが孫々の中に入って、残り4つ」

「つーか、見たところ2つしかねえぞ。後の2つはどこにあんだよ?」

「え? あれ?」


 龍炎は周りを見る。

 いくら暗いとはいえ、さすがにもう順応している。

 しかしいくら見ても(そう簡単には触れない)落ちている球は2つだけだった。

 龍炎は首をかしげる。


「おかしいな? おい孫々、どこに飛んで行ったか見て……って孫々?」


 さっきからずっと黙っていた孫々。

 それは球が体内に入ったショックによるものだと思っていたが、龍炎からの質問を聞き、その顔が一気に青ざめ始めた。

 この時点ですでに龍炎は、最悪のシナリオは思い描けていたが、それでも一縷いちるの望みを持って孫々に確認する。


「孫々、まさか……」

「ああ。オレは見た。球が龍炎と万象、2人の体に入っていくところを」

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