弐
「なあ孫々、今日こそ『あれ』を見に行かないか?」
「また『あれ』か? お前も懲りないな……」
孫々は適当に聞き流しながら、両手を後ろに回して、背をぐぐぐっと反らす。
龍炎は食い下がるように一歩踏み出す。
「今日を逃したら次のチャンスはいつか分からないぜ? お前は気にならないのかよ、『あれ』の中に何があるのか」
「ならないな。オレは『あれ』なんかより、明日の天気の方が気になる」
『あれ』――とは、龍炎の父親が管理していた桐箱のことである。
因果応峰に向かう直前、彼は龍炎にその箱を預け
「私たちに万一のことがあればその箱はお前が管理しろ。いいか、その箱は絶対に開けるなよ」
と言い残した。
龍炎はそんな忠告など聞く耳持たず、箱の中身を見ようとするのだが、その度に万象に邪魔されている。
そんな万象がいない今は、龍炎にとっては確かに千載一遇のチャンスと言えた。
「いいじゃねえか。付き合えよ、孫々」
龍炎はあきらめない。
側にあった木を伝って屋根の上に飛び移り、孫々の横に座る。
それを見て、孫々は後ずさりする。
「こっちに来るな、気持ち悪い。仕方ないな。付き合ってもいいが、1つ条件がある」
「条件? 何だそれ、早く言えよ?」
龍炎は詰め寄り、孫々は同じだけ後退する。
「だから寄るなって。条件というのは……」
「条件というのは?」
「あー。あー。ふぁー。ねむ……」
「おい」
「もう一眠りするか」
「おいおい」
「ZZZZZZZ」
「おいおいおいおい」
龍炎は眠りだした孫々を揺り起す。
「何だよ、うるさいな」
「何だよじゃねえよ! 条件っていうのは何なんだよ!?」
「ああ、条件な。それは……」
孫々はようやく真剣な表情になる。
「龍水を1人にしないことだ」
「龍水を1人にしない?」
龍炎は反復する。
「ああ。二度と龍水をおいて旅に出たりしないと誓え。旅がしたければ龍水も一緒に連れて行け。いいな」
「何でそんな条件を?」
「お前は気付いてないだろうが、龍水は寂しがっているんだよ。お前と一緒にいれないことを」
「…………」
「両親もいないんだ。お前はあの子の兄で、親で、たった1人の家族だろ?」
「…………孫々」
龍炎は目を閉じると、ぐっとこらえていたセリフを吐き出した。
「それってつまり、お前が龍水の世話をするのがめんどくさいだけだろうが!」
「ああ、そうだ。それがどうした?」
孫々は開き直る。
「開き直るな!」
「実際お前が世話をするのが当然だろうが」
さっきの話に戻り、旗色が悪くなる龍炎。
しぶしぶ頷いた。
「分かった。約束する」
「それでいい。じゃあオレはもう少し寝るからな」
「ちょっと待て、『あれ』は……」
「夜でもいいだろ。万象は明日にならないと帰ってこないし。それに今は稽古中だしな。師範代のオレが道場を離れるわけにもいかない」
どの口がそう言うんだ――と龍炎は思ったが、何も言わずに屋根から下りる。
くるりと孫々に背を向けると、聞こえないようにつぶやいた。
「寂しがってる……か。龍水の寝顔でも見に行くかな」
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