堕月

 ――楽しいか? 二つとない月は堕す


            ◆


 花鳥が目を覚ますと、そこは荒野だった。


(何もない……が、雲だけよりはましですか)


 そんなことを思いながら、隣で寝ている唯を見る。

 その傍らには、陰刀『月地』が置かれていた。


(こんなもの、何の役に立つというのか)


 無意識のうちに、手が動く。

 その手が『月地』にまさに触れようとしたとき。


「う……う~ん。ん? あれ、風月?」


 唯が目を覚ました。

 花鳥は内心驚きつつも、表情には表さない。


「おはよう、唯」

「おはよう、ここどこ?」

「分かっているのに、聞かないでください」



 目が覚めたそのときに、彼らはすべてを知っていた。

 5つの玉。5人の人間。手をつなぎ、輪をつくる。世界の創造。それを導く彼らの使命。

 どういうわけか、その知識が頭の中にあった。

 当然、花鳥は自分の力の用途も理解したが……。

 唯は心底うれしそうに、いや、実際うれしいのだろう、はしゃいでいた。

 スキップで移動するくらいのはしゃぎっぷりだ。


「アイラもここにいるんだよね?」

「ええ。いてもらわないと困りますよ」


 花鳥も花鳥で笑みを浮かべていたが、それは唯とは明らかに種類を異にするものだった。


「こうして風月に会えるし、面白いものもある。ここは天国だったみたいだね」

「何を言ってるんですか? これから私達が天国にするんでしょう」

「そうだった。がんばろうね、風月! 神のために!!」

「ええ。すばらしい世界にしてみせますよ。フフフフフフ」


 初めて見る邪悪なまでの花鳥の笑みに、唯は思わずぞっとした。

 そして、花鳥は唯の目を見る。唯は逃れたくとも、その視線から逃れられなかった。


「唯。1つ頼みごとを聞いてくれませんか?」

「珍しいね。何、頼みごとって?」

「その陰刀『月地』を少し貸してください」

「…………そ、それはいいけど、何に使うの?」


 唯からの質問に、花鳥は黙って一歩距離を詰め、手を差し出す。

 唯は戸惑いながらも、その手に『月地』を渡した。

 持ち心地を確かめながら、花鳥は言った。


「私はアイラを探してきますから、唯はここで待っていてください。すぐに戻りますから」


 そう言って、歩き出していく。


「風月っ!!」


 その背中に、唯は叫んだ。


「何ですか?」


 花鳥は歩みを止め、しかし振り返ることなく答える。


「信じても……いいんだよね?」

「もちろんです」


 その言葉を最後に、2人は別れた。

 数分歩くと、花鳥はすぐにアイラを見つけた。

 いや、アイラには千里眼があるから、正確には見つけられたのは花鳥の方である。

 開口一番、アイラは言った。


「とうとう覚悟を決めちゃいましたか? 風月さん」

「覚悟なら、とうの昔にできていましたよ。ただ今までは、唯の前であなたを殺すわけにはいかなかったというだけ」

「それは言い訳ですね。あなたは怖かっただけですよ。唯さんに嫌われるのが」

「何とでも。どちらにしろ、今日であなたは終わりです」

「あなたにわたしは殺せませんよ。だって、あなたはわたしを愛してますから」


 その言葉を合図に、2人の戦いは始まった!!


            ◆


 3時間後――2人とも健在である。

 だが、どう贔屓目で見ても、素人目で見ても、圧倒的差異があった。

 残酷なまでの才の差異である。

 すでに何度死んだか分からない花鳥。服もボロボロ。

 かろうじてつながってはいるものの、四肢は切断寸前、腹部も肉がない部分の方が多いくらいに抉れている。

 もはや満足に『月地』を持つこともできない。

 どころか、立てるはずさえないのに、彼は立ち、アイラと対峙たいじしていた。

 一方アイラは、傷どころかドレスにほこり1つない。

 しかも、『太天』を使わず、力も使わずに、己の肉体、それも何の誇張もなく指1本(右手人差し指)のみで戦っているのだ。

 花鳥、何度目か分からない特攻。

 アイラ、何度目か分からない迎撃。

 花鳥、何度目か分からない死と再生。

 アイラはここで、何度目か分からない説得をする。


「もういいかげんにしませんか、風月さん。何度やっても……」

「うるせえ! てめえに何が分かるってんだ!? 強い肉体、すべてを支配する力、その上、陽刀『太天』まで与えられたてめえが! すべてに愛されているてめえに、愛されてねえ俺の気持ちなんざ、分かるはずはねえんだよ!!」


 もはや、プライドなどかけらも残っていない姿。

 彼らしさなど微塵みじんもない姿。

 だが、そんなことになど目もくれない。

 特攻、迎撃、死と再生……説得。


「風月さん。分かってないのは、あなたの方ですよ。神だって、わたしだって、それに唯さんだって、あなたのことを……」

「黙れ! 俺に与えられたものってなんだ!? てめえより弱い体、こそこそ人のものを盗む力、後は……てめえからの同情くらいか? フフフフフ。最高だ! これで愛されてるっていえるのかよ!?」

「風月さん! それは……」

「てめえが盗んだんだ!! その体も、その力も、その武器も、俺がもらうはずだったんだ! 俺のものだったんだ!! それに……それに……」

「唯さんも……ですか?」

「………………」

「もういいですよ。好きにしてください」


 アイラは腕を下ろし、完全に無防備となった。


「ただ、これだけは言わせてください。みんながみんな、あなたのことを愛してますから」

「これだけは言わせろ。みんながてめえを愛しても、俺だけは、てめえのことを愛してねえ」


 花鳥はずるずると恥も外聞もなく這いずって、地面に刺さっていた『太天』を支えに立ち上がる。

 そして、今にも千切れ落ちそうな手で『月地』をアイラにかざした。


「てめえの500年分の年齢を『いただく』……ぜ」


 『月地』が光ると同時に、花鳥は地面に崩れ堕ちた。


「さよならですね、風月さん。わたし、本当はあなたのこと……いえ、何でもありません。それでは」


 500年前の姿になったアイラはぺこりとお辞儀をし、『太天』と『月地』をそのままに、その場を去っていった……。


「風月っ! 風月っ!!」


 唯の声で、花鳥は目を覚ました。


「ゆ……い?」

「風月! よかった、死んでなかった!!」


 泣きじゃくりながら、花鳥に抱きつく唯。

 そんな唯の前で、今の発言に突っ込むのは野暮というものだろう。

 花鳥はただ、唯の髪をくしゃくしゃと撫でた。


「心配かけてすいませんでしたね、唯」


 しばらくして泣き止んだ唯は、花鳥に聞いた。


「一体何があったのさ? 君の服はボロボロだし、あちこち血だらけで、『太天』はあって、アイラはいないし……あの、風月、もしかして……」


 かなりの時間が経ったのか、花鳥の体は全快している。

 花鳥は『太天』と『月地』を両手に持ち、ゆっくり立ち上がった。


「唯。俺、じゃなくて私のことを信じてくれますよね?」

「当然だよ。信じてる。今も昔も、これからも」

「私もですよ。私にとってのあなたは、唯一無二の存在ですから」


 その言葉を心地よく聞きながら、唯は恐る恐る聞き返した。


「じゃあ風月、僕が今考えていることは、杞憂なんだよね?」

「いいえ。あなたの考えている通りですよ」


 その言葉を聞いても、唯はなんら変わらずに、ただ安らかそうに目を閉じた。


「そっか」

「こちらからも1つ聞きます。あなたはアイラを……愛してましたか?」

「それも、君の考えている通りだよ」

「そうですか」


 それだけ聞くと、花鳥も目を閉じた。


「さよなら、風月」

「また会いましょう、唯」


 『太天』と『月地』が光る。唯が倒れる。

 完全に気を失った唯に向かって、花鳥は虚しくつぶやいた。


「あなたの1000年分の記憶と年齢を『いただき』ました。『ごちそう様』」


 そうして、去ろうとした……そのとき!!


「うっがぁああ!! ぐっ……がああがあぁぁぁああぁぁっぁぁぁぁあ!!」


 突如花鳥は、頭を抱えて苦しみ出した。

 流れ込んできたその記憶に、1000年間の唯の記憶に、特に過去500年の記憶に、花鳥は苦しめられていた。

 唯が何を思い、誰を想い、何をして、何を隠していたのか、いなかったのか。

 いつ、どこで、誰と、喜び、怒り、哀しみ、楽しんだのか。

 そのすべてを知り、知り尽くし、花鳥は苦しんだ。狂い死んだ。

 その末……。


「フフフフフフ。決めましたよ。私は必ずアイラを殺す。そして、唯の記憶、新しい記憶は私の存在だけで埋め尽くす。さて、行きますか。まずは新しい服を仕入れなくては。この時代に合ったものがいいでしょう。色はやはり、白ですね」


 左手に陽刀『太天』を。右手に陰刀『月地』を。

 見た目は雪より純白に、中身は闇より暗黒に。


「世界のすべてを『いただきます』」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る