死鳥

 ――怒りに触れ、一羽の鳥は死ぬ


            ◆


 2人がたどり着いた場所には、信じられないことが起こっていた。

 いや、普通に考えればそんなに驚くべきことではないが、普通でない彼らにとっては、驚愕に値する『普通』であった。

 そこには、人影があったのだ。

 500年間、自分たち以外は誰一人いなかったこの世界に、自分たち以外のものがいたのだ。

 2人は黙って顔を見合わせ、互いの表情を見ることで、目の前の光景が錯覚ではないことを確認し合った。

 あまりのことに、2人は動くことさえできなかったが、やがて唯がその人物に近づいた。

 遅れて、花鳥も後に続く。だんだんと、その人物の輪郭を捉え始めた。

 少女だ。外見年齢は中学生くらいだろう。

 きれいな黒髪を、ひざの裏まで伸ばしていた。

 目を奪われずにはいられないほどに美しい真紅のドレスを着ている以外は、どこにでもいる普通の少女に見える。

 しかし、この場にこうしている時点で、普通とかけ離れていることは確実だった。

 少女は興味深げに、きょろきょろあたりを見渡していた。

 近づいてくる唯たちに、気付く素振りはない。

 花鳥が躊躇ちゅうちょしている間に、唯は迷いなく少女に声をかけた。


「ねえ、君?」


 少女は唯の声に反応して振り返る。

 そして、2人を見つけると、満面の笑みを浮かべた。

 見ているだけで心が洗われるような、幸せな気分になる、そんな笑顔だった。


「初めまして。わたし、茎怒くきどアイラです。アイラちゃんって呼んでください」

「「…………」」


 沈黙する2人。

 少女、アイラは話を続けた。


「わたしもみなさんと同じで、『神の申し子』なのです。ついさっき生まれたばかり! 新鮮お買い得です!!」

「「…………」」

「えっ~と……そうそう! そうでした! お辞儀でした。お辞儀」


 アイラは気恥ずかしそうに頭をかき、それからその小さな頭をぺこりと下げた。


「これからよろしくです」


 アイラは完璧だとばかりに頭を上げ、その勢いのまま大威張りに胸を張った。

 そして、ドヤ顔で2人の顔に目をやるが、その2人の顔はアイラの来訪を喜ぶでもなく、無論ドヤ顔でもなく、疑惑と困惑に満ちていた。


「「「…………」」」


 三者沈黙。

 このどうしようもない状況の中で、いち早く動きを見せたのは唯だった。

 一応の愛想笑い。スマイル0円、されど、究極的には利益につながる必殺技だ。


「えっと、アイラ?」

「ちゃん」

「呼ばない」

「何でしょう?」

「僕は一無二唯。よろしく」

「はい。では、なんとお呼びしましょうか?」

「唯でいいよ」

「了解です。唯さん」


 アイラはすっと手を差し出し、唯はそっとその手をとった。

 と、唯とアイラの間の自己紹介を終え、流れ的には、花鳥がアイラに自己紹介をするのだが……


「「「…………」」」


 再びの、二度ふたたびの沈黙。

 アイラはきょとんとした顔で、花鳥を見ていた。

 明らかに、花鳥からの自己紹介を待っていると分かる。

 しかし、花鳥はそんな視線など意にも介さず、仏頂面で明後日の方角を見ているだけだった。

 アイラと目を合わせようともしない。

 仏頂面0円。だが、ただですむような状況ではなさそうだった。

 見かねた唯が、花鳥をひじで小突くが、何の反応も示さない。

 仕方なく、唯はアイラに


「ちょっと待ってて」


 と言い残し、花鳥を強引に引っ張り、声の届かない距離まで移動した。


「どうして自己紹介しないのさ?」


 責めるような唯の言葉に、花鳥は平然と答える。


「むしろ、なんであなたは普通に自己紹介なんてしてるんですか?」

「だって、同じ『神の申し子』で、仲間なんだから……」

「それは彼女が勝手に言っているだけのことでしょう」


 落ち着いた、けれど十分に圧力をもった声が、唯の言葉を遮った。

 そして、その語調のままに続ける。


「現時点で、彼女を信頼する理由は1つもありません。疑うべき要素は山のようにありますがね」

「でも、ここにいるって時点で確定してるでしょ。僕らと同じ……」

「同じかどうかなど分からない」


 またも、唯の言葉が遮られる。

 しかし、今度は唯もやられっぱなしではなかった。


「僕には、アイラが嘘をついているとは思えない。嘘がつける人間だとは、思えないよ」

「それはすでに、あなたが騙され、欺かれているからですよ。彼女の容姿や態度にね」


 数刻、互いににらみ合ったまま動かない。

 やがて、唯が口を開いた。


「ねえ、風月。アイラのことが信じられないの?」

「ええ。信じられませんね」

「でも、僕のことは信じてくれるよね?」

「当然です」

「僕はアイラを信じる。ううん。信じたいんだ。なぜか分からないけれど、信じてみたいんだ。だから……」

「分かりましたよ」


 またしても、唯の言葉が遮られた。

 だがしかし、今度は温かい、少々ため息交じりの声だった。


「えっ!?」


 唯は驚き、花鳥は微笑む。


「分かったと言ったんですよ。あなたに免じて、この場は折れましょう。ただ、誤解のないように言っておきますが、私は彼女自身を信じたわけでも、信じたいわけでもない。唯、あなたの言葉を信じただけです」

「ははは。ねえ、風月。ツンデレって知ってる?」

「? 何ですか、それは?」

「知らなきゃいいんだ。ほら、早く行かないと、アイラに悪いでしょ」


 アイラの前まで戻ると、仏頂面のままに花鳥は言う。


「茎怒さん、でしたよね?」

「アイラちゃんでいいですよ」

「呼びません」

「う~。でも『茎怒さん』は固すぎですよ」

「では、アイラ」

「ちゃん」

「しつこい」

「何でしょう?」


 コホンとわざとらしいせきを1回して、それから背後の唯を1回見て、それからアイラに向き直った。


「私は花鳥風月。よろしくお願いします」

「おお。きれいなお名前ですね」

「あなたに言われたくありません」

「では、なんとお呼びしましょうか?」

「お好きなように」

「では、フラワーバードウインドムーンさんとお呼びしてもいいですか?」

「駄目です」

「じゃあ、風月さんでよろしかったですか?」

「ええ。それでけっこうですよ」

「了解です。風月さん」


 差し出された手を、花鳥は一瞬躊躇してから、軽く握った。

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