014 唯、攻略本を買う。

―――小説もあるんだ。ラブソングをもう一度…。


 タイトル的には…甘い恋愛ものかな。

 すっごく興味あるし、冒険のおともにしたい気持ちマックスなんだけど…今は攻略本を探さないと。


「ま…ま…。」


 魔法…魔法…魔法の基本書。

 棚にびっしりと並べられた本。

 その背表紙をなめるように端から端へ。


「あ、これだ。」


 あまりにドンピシャなタイトルを見つけ、思わず声が出ちゃった私。


『魔法の基本』―――コウキ著


 これしかないってくらいドストレートなタイトル。

 探し求めていたものは、間違いなくこれ。

 帯にはベストセラーって書かれてるし…本自体にも痛みがある。

 よく読まれている証拠だし、やっぱり人気の本みたい。


―――ほぇー、シリーズになってるんだ。


 ○○の基本というタイトルでシリーズ化されているみたい。

 少し離れた場所に、『戦術の基本』っていう本があった。

 ほかにも『剣の基本』や『弓の基本』ってのもあるみたい。


―――コウキさん…ベストセラー作家…人気の秘密…知りたい。


 なんだか目的がちょっと変わっちゃったけど、この本を読めば私も…。

 そのまま受付のカウンターへとすたこらさっさ。


「すみません。これをお借りしたいんですけど…。」

「はい。」


 受付のお兄さんに『魔法の基本書』を手渡す。

 本を見るなり、一瞬固まったお兄さん。

 何かまずかったかな。


「もしよろしければ、この本…購入されませんか?」

「へ?」

「いえ、1ゴールドで良いので。」

「ほ?」


 ユイ、混乱中。

 ここ…図書館だったよね。

 本屋さんじゃないよね。


―――今、購入って…。


 図書館で本の購入を促されてしまった。

 しかもほとんどロハただで。


「あの…えっと、どうしてですか?」


 いろいろとよくわからなかったので、漠然と全体的な質問をしてみる。


「あ、すみません…端折り過ぎました。」

「いえ。」

「実はこの本、新しいものを入れるんですよ。人気過ぎて…ほら、痛んじゃってるでしょ?」

「…。」

「…あ、僕が勝手にお金稼ぎをしていると思ってます?」

「いえ、そんなことは。」


 ちょっとだけ思ってました…ごめんなさい。

 そんな私の疑いを晴らすように、お兄さんはポスターらしき紙を取り出した。


「ほら、あと少しで貼り出そうと思っていたんですけど…。」

「えっと…『コウキさんの基本シリーズ、総入れ替えのため…限定販売!』。」

「はい。半年に一度くらいのペースでやってるんですよ。1ゴールドというのは建前というか、なんというか…まぁ、特に不利益はないですから、良かったらどうぞ。」


 どうやらとっても良いタイミングだったみたい。

 1ゴールドという値付けはよくわかんないんだけど、貧乏な私としてはありがたい。


「買います!」

「毎度あり。」


 図書館では絶対に交わさないであろう会話。

 調子に乗って『戦術の基本』という本も買っちゃった。


―――剣とか弓は…無理だと思うけど、戦術は知っておいた方が良いもんね。


 それになにより、小説を書くときの参考になること間違いなし。

 だって異世界で冒険者に読まれてる本だもん。

 参考資料としては最強クラス。


―――せっかくこの世界に来たんだから、もらえるものはもらって帰らないと。


 もとの世界に持って帰れるという…謎の可能性に賭けて。





 例の小説が気になっちゃった私。

 結局、図書館のなかで読み始めちゃった。

 甘酸っぱくてキュンキュンな恋愛もの。

 ラストのドキドキが…キュンです。


―――でも、シリーズものとは思わなかった…。


 既刊3冊一気読み。

 図書館を出るころには、すっかり日も落ちちゃった。

 街灯がいくつもあるとはいえ…やっぱり夜道は怖い。

 今度は違うドキドキが胸を覆ってる。


「…右、左…100メートル進んで右、そのまま道なり…。」


 手描きの地図を片手に、宿屋さんまでのルート確認。

 全力疾走までするつもりはないけど、勢いで暗さを乗り切ろう大作戦開始。


「いざ…。」


 ダッシュ。


 ちなみに泊まるのは昨日お世話になったとこ。

 連泊のシステムはあるらしいんだけど、連泊になると前払いになっちゃうそう。

 そんなわけでお財布と相談した結果、毎日受付をすることにしたのだ。


―――うぅ…怖。


 街路樹が風に揺れ、ガサガサという音をたててる。

 わかってる…わかってはいるんだけど、暗闇とセットだと…やっぱり不気味な感じ。


「もう少し…。」


 最後の直線。

 恐怖からの逃亡…全力疾走に全てを託す私。

 バグステータスに任せたウイニングランを決めつつ、宿屋さんに飛び込んだ。


「はぁ…はぁ…。」

「い…らっしゃいませ。あぁ、ユイさん。」

「ど…どうも。」


 受付には今朝と同じお兄さん。

 今朝どころか、昨日の夜と同じ。

 この世界の労働環境…大丈夫なのかな。

 軽く24時間労働な気がするけど。


「昨日と同じお部屋でご用意できますが、そちらでよろしかったですか?」

「はい。よろしくお願いします。」

「おっと…そうでした。ユイさん宛てにお手紙が届いておりますので、お渡ししておきますね。」

「ありがとうございます。」

「では、ごゆっくりおくつろぎくださいませ。」


 白い封筒と部屋の鍵を受け取って、そのまま階段をゆっくと上がる。


―――手紙…誰からだろう?…クロックさんかな。


 弟子入りのお願いとかかな…。

 それだとして…私がここに泊まるって、どうやってわかったんだろう。

 ギルド…もしかして怖い組織だったりするのかな。

 …という妄想はさておいて、差出人の記載を確認してみる。


「えっと…?よ、読めない…。」


 筆記体かな。

 すっごく格好良い雰囲気のサイン…っていうのはわかるんだけど、読めない。


「…。」


 とりあえず鍵を開けて、そのまま木製のイスに腰をおろす。

 荷物の片づけは後回しにして、そのまま封筒を開けてみる。


 封筒にはご丁寧に「封」がされてた。


―――すごいな…なんだか豪華。


 なんて言うんだろう。

 結婚式の招待状とかでよく見る、粘土みたいなやつをぎゅってして封がしてあるやつ。

 …悲しすぎる語彙力と説明力に、若干の絶望感を抱いた私。


「あっ!」


 やってしまった。

 取り方がわかんなくて、力任せにグイってしたら…ビリって…。

 き、気にしない、気にしない。


「えーっと…親愛なるユイさんへ。親愛なるなんて…えへへ。」


 ユイもおだてりゃ木に登る。



―――

親愛なるユイさんへ


 突然のお手紙をお許しください。

 先日はお助けいただき、ありがとうございました。


 さて、ご多忙の時分申し訳ないのですが、館の方へご足労そくろういただけないでしょうか。

 時はいつでも構いません。


 アヤメ王国 ガーネット

―――



 なんとびっくり、ガーネット姫からのお手紙だった。


―――わ、私…何かやらかしたかな…?


 急に冷や汗。

 怒られてる感じじゃないと思うけど、こういうのって緊張するよね。

 職員室に呼び出される感じと似てる。

 うん。


 そのまま壁掛け時計を確認してみるけど…さすがに常識外の時間だと思う。

 「いつでも」とは書かれてるけど、その辺の常識は持っているつもりな私。

 とりあえず明日の朝イチでお邪魔してみよう。

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