第二章 お姫さまも冒険がしたいようで

015 唯、テンションがあがる。

 優しい日差し、心すみわたるような小鳥のさえずり。

 そんな平和な朝。

 こんな日は、カフェでコーヒーでも…。


「ふぐぐっ、こっち、こっちぃぃっ!」


 せっかくの雰囲気を台無しにして、鏡の前で大格闘をくりひろげてる私。

 どうも、苦いのはちょっぴり苦手な22歳、ユイです。


―――ぬにゃーっ…今日だけはおさまって…お願い…。


 重力に対して反抗期な私のアホ毛。

 ぴょん…くらいなら良いんだけど、ぴょぴょーんな感じなんだよね。

 似顔絵をお願いすると、必ずデフォルメしたアホ毛を描かれるくらい。

 そんな愛おしい反抗期に対し、「くし」を駆使くしして…なんとか説得を試みてる。


「あ、これで…。」


 ぴょん。

 あぁ、非情だ。


「…。」


 あきらめて「くし」を棚へと戻す。

 そのまま鏡を見て、ふと気づいちゃった。


「そういえば…服って、これじゃまずいよね?」


 当たり前かもだけど、お姫さまからお呼び出しを受けるなんて人生初。

 とりあえずそれっぽい服装を考えてみたけど、そもそもフォーマルな服なんか持っていない私。

 転移のときに来てた部屋着、それが一張羅いっちょうらになってる現在。


―――パジャマ姿で転移させられなかっただけ…ましだったのかな…。


 宿屋さんのパジャマを貸してもらえてるからなんとかなってるけど、いつも同じ服装というのも…私のちっぽけなオシャレポリシーに反する。


「この前はバッタリ会っただけだから良かったけど、今回はちゃんと招待してもらえてる感じだし…困ったなぁ…。いきなり『無礼者っ!』みたいになったりしないよね…。」


 大好きな時代劇の一コマを想像しちゃう。

 「そこになおれ!」みたいな感じで、りかかられたりしないよね。


―――その時は…素直に話してごめんなさいしよ…。


 それでも、やれるだけのことはやってみよう。

 理由はわかんないけど、せっかくお姫さまから招待状なんてものをもらえたんだし…小説のタネに…。


―――…。


 そんな本心…コホン…仕事の要請はさておいて、現実世界の感覚だと、就職活動の時みたいな恰好かっこうであれば大丈夫だと思う。

 洋画の知識でいくと、ドレスとかでも良い気がするんだけど…色がかぶんないようにとか、いろいろありそうだし。

 …色だけに。


「コホン。お洋服、買いに行こ。」


 お財布という名の封筒を確認。

 先立つものはやっぱり大事だもんね。


―――これだけあれば…足りるのかな?


 もちろんだけど、この世界の相場そうばはわかんない。

 でも、「オオイノシシ」の素材をギルドにて引き取ってもらえたので…それなりのお金はもってる…はずの私。

 何気に懐がこんなにあったかいの、人生初かもしれない。


 そのまま部屋の鍵をかけて、てとてとと階段を降りた私。

 受付のお姉さんにいろいろ聞いてみよう。


「すみません。」

「はい。おはようございます。」

「おはようございます。あの…服を買いたいんですが、おすすめのお店とかって…あったりしますか?」

「それでしたら…。」


 ユイ、はじめての「異世界」おつかい。

 お洋服編。





「ここか…。」


 お姉さんに教えてもらったお洋服屋さんに到着。

 宿屋さんからは少し離れてたけど、品揃えはここが一番だそう。


―――ふくふく屋さん。


 なんだかとってもかわいらしい店名。

 ショーウインドウから店内をチラリと覗いてみると、おばちゃんがひとり…カウンターのあたりで何かの作業中。


「おはようございます。」


 わずかに重みのあるドアを、ゆっくりと開く。

 バグで壊しちゃうと一大事。

 そーっと。


「いらっしゃーい。あら、ユイちゃん…だったかしら?」

「はい…あれ、どこかでお会いしてますか…?」


 人の顔を覚えるのは得意だと思ってたんだけど、やっぱり自己評価ってあてにならないのかな。


「なーに言ってるの、ユイちゃん。今や超有名人よ。ほら、今朝の新聞にものってるし。」

「新聞…?」


 そういって差し出された新聞を受け取る私。

 この世界にも新聞あるんだ…って、そうじゃなくて。

 いわゆる一面、そこにはこんなタイトルが。


うるしき新人魔法使いがガーネット姫の窮地を救った!』


 私の写真…じゃないな、似顔絵も載せられてる。

 知らないところで有名になってしまった私。

 だんだんと異世界ファンタジーっぽくなってきた。

 しかも「麗しき」だなんて…もう。


―――えへへ…。


 記事には戦いの様子も克明に紹介されてる。


『オオイノシシの突進をひらりとかわし、振り向きざまに上級魔法を撃ちこんだ。』


 おっと…誇張こちょうがすごかった。

 いや、ここまでいくと事実に反している気さえする。

 それよりも、誰から詳細を聞いたのかな…。


「ま…まさか、衛兵さんが…?」


 勝手に疑ってごめんなさいだけど、守秘義務とかって…大丈夫なのかな。

 いや、守秘義務がどういうものかさえ知らないけど。

 えっへん。


「いやー、すごいわねーっ!私、昔からお姫さまの大ファンでね。もう本当の娘みたいな気持ちなのよ。私からもお礼を言わせておくれ!」

「いや、そんな…。あ…ありがとうございます。」

「娘は言い過ぎかしらね?孫ってことにしとこうかしら?」

「あ…あはは…。」

「これ…私から。」

「へ?あ…いや、そんな…。」


 たくさん遠慮したんだけど、勢いそのままに「お菓子かしの山」をポケットに詰め込まれた私。

 められたり、お礼を言われたり…最近そんな経験が続いてる。

 なんだか胸のあたりがくすぐったい。


「あ、そうそうお店に来てくれたってことは、何か探してるんでしょ?どんな服が良いの?」


 おばちゃんは店員さんの顔に戻り、胸をポンと叩いた。

 何でも聞いて、そんな雰囲気。


「はい。フォーマルな…えっと、ピシッとした感じの服を探してるんです。」


 「フォーマル」という単語が通じるか心配だったので、イメージをそのまま伝えてみた。

 語力のなさに少し悲しくなる。

 小説家のタマゴとして、情けない限りです…はい。


「ピシッと…ねー。うーん…そうだね…確かこの辺に…。」


 おばちゃんがお店の倉庫を探してくれてる。

 重そうだしお手伝いしたいとこだけど、さすがにバックヤードまで入るのは良くないよね。


「あ、あった!これこれ、これなんかどう?」


 お店のカウンターに、落ち着いた色のワンピースが並べられた。

 飾りや模様も少ないシンプルな雰囲気のワンピースが5着。


「結婚式とかあると、みんなこんな感じよ。王都とかだと、もっとおかたい服があるみたいだけど。」

「そうなんですか…うーん…あ、この色ステキだなぁ。」


 右から2番目、水色のワンピースが目にとまった。

 現実世界で見つけたら、絶対買ってると思う。

 落ち着いた色合いだし、ふわってした感じも良き。


「あら、水色かい?良いセンスしてるじゃないか。若いのに感心だねぇ。」

「えへへ…。」


 セールストークだとわかってはいるけど、やっぱり褒められるのはうれしい。

 値段も見ずに「買います!」と言っちゃいそう。

 でも、そこは22歳の私。

 ちゃんとお財布と相談できるもん。


「えっと…ちなみにお値段の方は…?」


 おそるおそる聞いてみる。

 もとの世界みたく大量生産できるような機械もないだろうし、高そうな雰囲気がビシビシと伝わってくる。


「値段?ああ、いいよいいよ。おばちゃんがプレゼントしてあげるよ。」

「え?でも…。」


 申し訳なさすぎる。

 顔を傾けたそのとき、裾のあたりについてたタグを発見。

 値段は…。


―――…!?


 み、見なかったことにしよう。

 足りない…私の全財産でも足りない…。


「だ、だめです!こんな高級なもの…。」


 お菓子もたくさんもらっているし。


「遠慮しなくて良いのよ。そもそもこのワンピース、私が作ったのよ。値段は私の一存。だから安心して。」

「えっと…。」

「んー、じゃあ…今度新聞にのるときは、このワンピースを着てよ。これは宣伝代ってことで、ね!」


 押し切られてしまった。

 サイズもありがたいことにぴったりで、今からでもお姫さまのところへ向かえそう。

 そして試着室を貸してもらって、おしゃれに変身。

 何からなにまですみません。


「ありがとねー!また来てねー!」

「はーい。ありがとうございましたー。」


 おばちゃんの笑顔に見送られ、お店を後にする私。

 かわいい服を着ると…やっぱりテンションが上がる。

 「リズムって知ってる?」ってくらいに下手っぴなスキップをしたり、なぜかくるくると回ってみたり…。


―――装備がなくても防御力でなんとかなったんだから…ワンピース姿で冒険するのも悪くないかも…。


 この世界では「装備がよごれる」という事態が起きないみたい。

 コーヒーをこぼしても、すぐに元通りキレイな状態に戻るそう

 今朝オムライス食べてるときに、ケチャップを盛大にこぼしちゃったんだけど…服はすぐに元通り。

 シミはもちろん、汚れすらさっぱり消えちゃってる。

 超便利。


―――現実世界でも…こんな服があったらなぁ。


 家事のなかでも洗濯が一番苦手なので、切実せつじつにそう思う。

 異世界…やっぱり悪くないかも。

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