013 唯、想像する。

 冷や汗タラタラの再会はあったけど、帰り道はとっても平和だった。


―――鳥さんもピヨピヨ飛んでるし、のどかで良いとこだよね。異世界。


 モンスターさえ出なければ。

 あ…あとオバケとかもパス。

 オカルト系の依頼クエストがないことを切に願う私。


「ふぅ…ちょっと落ち着いたよ。でも珍しいね。あんなサイズのクマが出現するなんて…。増えてるのかな?」

「少し前にも出会であ…えっと、みかけたことが。」

「そっか…なんだか不穏だね。」


 なんとも言えない私。

 異世界だし、わかんないんだもん。

 でも、モンスターとかの出現場所が変わるって…イベントとかの前触れだったりするよね。

 ゲームとかだと。


「ところでさ、ユイちゃんのお師匠さん的な人も、魔法使いなの?」

「あ…えっと…。」


 なんて答えよう。

 嘘をつくのもあれだし…。


「…あ!ごめん!そうだよね、言いたくないこともあるよね。」


 困り顔で考えてたら、そんな勘違いをされちゃった私。

 申し訳ない気持ちだけど、ここは話を逸らせるチャンス。

 ちょっと聞きたかったこともあるし。


「いえ。あの、カノンさん。私、火の魔法まほう…しか使えないんです。他に私が使えそうな魔法、何かご存じありませんか?」


 現在、ファイア・バーストなる魔法しか知らない私。

 ガーネット姫が唱えてた魔法は…驚きと焦りのなかで、きれいに記憶から消えてる。

 えっへん。


―――…。


 それはさておいて、火の魔法だけで生きていくのは…結構大変だと思ってる。

 ドカドカとモンスターを倒して生活したいわけじゃないんだけど、ガーネット姫との件みたく…戦わざるを得ないときがあるのがこの世界。

 もしかしたら「効かぬ、効かぬ!火の魔法など効かぬわー!」的なモンスターがいるかもしれないし。

 そんなのと出会っちゃったら、一瞬にして詰んじゃう私。


武者修行むしゃしゅぎょうってのも大変なんだね…。まあ、火の魔法が一番強いって言われてるから…もちろん光の魔法とか、格が思いっきり違うものは除くけど。」

「光の魔法…ですか?」

「うん。魔法はあんまり詳しくないから、話半分ってな感じで聞いてね。」

「はい。」

「魔法には火とか水とか、そんな感じの『属性』っていうのがあるんだけど、属性の間には有利不利の関係があるんだ。」


 そういえばゲームとかでもよくあるよね。

 火は水に弱いとか、そんな感じのやつ。


「その関係の外、一段階上みたいなところにあるのが…光の魔法なんだ。ボス級のモンスターにも大ダメージを与えられる魔法で、一流って呼ばれるレベルの限られた魔法使いしか使いこなせないんだって。」

「そんなチートみたいな魔法が…。」

「ち、ちーと…?」

「あ、いえ…こっちの話で。」


 危ない。

 ギリセーフ。


「いくらユイちゃんでも、いきなり光の魔法は難しいと思うから…氷の魔法とかはどうかな?火の魔法は、周りに飛び火しちゃって危ない場合もあるからね。氷の魔法なら、そういう心配もないし。」


 言われて気づいた。

 たしかに危ないよね、火の魔法って。


―――でもクロックさん…私に使ったよね。普通に。


 …根に持ってるわけじゃないからね。

 何か押し付けられそうになったときに、とびっきりの笑顔で反撃しようと思ってるだけだから。

 ぐへへ。


「氷ってことは…凍らせたり、氷の塊を飛ばしたりする感じですか?」

「そうそう。足場にもできるらしくて、結構便利みたいだよ。私が教えてあげられれば良いんだけど、あいにく本職じゃないし…。そうだね…ギルドの図書館に行ってみると良いよ。あそこに『魔法の基本書』とかあったはずだから。」

「ギルドの図書館ですね。ありがとうございます、行ってみます。」


 とってもありがたい情報を入手できたみたい。

 魔法の基本書…要するに異世界の攻略本みたいなものだよね。

 これで私の生存可能性がちょっとだけ上がった気がする。


―――異世界…なんとかなるかも。


 そんな淡すぎる期待に胸を膨らませたころ、ギルドの入口が見えてきた。


「ユイさん、カノンさん。おかえりなさい。」


 ギルドのカウンターに顔を出すと、受付のお姉さんが声をかけてくれた。

 初心者ということで、特に心配してもらえてたんだと思う。


「ただいまです。」

「無事帰りました。」


 ちなみにだけど、カウンターの後ろにある扉の隙間からは、すごい圧…もとい、クロックさんの視線を感じる。


―――手続き終わったら…逃げよ…。


 コホン…そんな圧を感じつつ、精算の手続きは無事終了。

 報酬はカノンさんと山分け。


「ありがとうございました。」

「ううん、こっちこそありがとう。えっと…他に利回りの良いクエストは…。」

「…。」


 掲示板をガン見するカノンさん。

 私も一緒に見てるんだけど、相変わらずのわかんないことだらけ。

 特に地名がわかんない。

 ここがどこかも…ちょっと怪しいくらいだもん。

 ちなみに今さらだけど、全部日本語で書かれてる。

 これは本当にありがたい。

 本当に。


「うおっ!?ユイちゃん、出会ったばかりで申し訳ないんだけど…私これからタケノコ村へ行くね。本当に短い間だったけど、楽しかったよ!修行、がんばってねっ!」

「えっ?あ、はい。ありがとうござい…。」


 カノンさんは勢いよく走り出した。

 入口のドアを突き破りながら、この町から旅立って行かれた。

 だけどやっぱり、ドアの押すと引くは確認すべきだと思う。

 今さらだけど。


―――せっかく…ちょっとだけ仲良くなれたのに…。


 ちょっとだけ気持ちが日陰に入っちゃったみたい。

 寂しいけど…これが冒険者という生き方なんだと思う。

 アドベンチャー。


 ちなみになんだけど、カノンさんが見ていた掲示板には、こう書かれていた。


『急募!タケノコ村でまきが不足しています。倍額の報酬でクエスト発布中。』


―――…。





「さてと…。」


 あんまり動かずにいると、クロックさんに捕まっちゃうので…とりあえずそそくさとギルドを後にする私。

 別にクロックさんのことが苦手とか、そういうわけじゃないんだよ。


―――教えられるようなこと…何もないもんね。


 ありのままに話して…クロックさんが山にこもり、クマさんと格闘を始めるようなことになったら一大事だし。


「異世界に転移する…とか言われても困るし…。」


 そんなこんなで口実を山のように考えてるんだけど、そもそも私…師匠って感じのキャラじゃないもんね。

 たくさん助けられてここまで大きくなりました。

 どうも、妹キャラを地で行く22歳のユイです。


「あ、図書館だ。図書館。」


 ホテルに帰る気まんまんだった。

 行き先を変更。

 …といっても、図書館はギルドの隣にあった。


「おぉ…。」


 古めかしいというか、なんというか。

 ほとんど黒色に近い外壁は鈍く輝き、扉の装飾からは「知」の威厳を感じる。


―――図書館…やっぱり緊張する…。


 落ち着きのある方じゃなかった私…小さいころから、図書館がちょっと苦手。

 今はさすがに大丈夫なんだけど、静かにしてなきゃ…という雰囲気が苦手だった。

 ページをめくる音、カバンを置く音…すべてに気をつかっちゃう。


「この前のクエストどうだった?」

「超簡単だったよ!アイテムのドロップは微妙だったけど、報酬は結構良かったし。」

「俺も受けようかな?」

「おすすめだけど、時間は結構かかるから注意な。」


 結果的にそれは、私の杞憂だったみたい。

 どうやらこの世界の図書館、いわゆる寄り合い所のような場所らしい。

 もちろん本はたくさんあるんだけど、いたるところで冒険者の作戦会議が開かれてる。


―――バーみたいなとこまであるし…。


 みんな飲んでるし…。


「やっぱり弱体化魔法デバフをかけてもらわないとDPSが微妙か。」

「そうだな。魔法使いはマストだな。」


 たしか「DPS」は、ダメージ・パー・セカンドの略称だったと思う。

 直訳すれば単位秒あたりのダメージ…要するにダメージ効率のこと。

 そういう話がわかる程度には、ゲーマーである私。


―――やっぱりゲームの世界みたいだよね。


 科学は日進月歩っていうし…今の時代、こんな風に体感できるゲームが開発されてても不思議じゃない。

 まさか私は…その実験台にされているのかな。

 そんな妄想を膨らませつつ、私は『魔法の基本書』を探し始めた。

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