012 唯、納得される。

「へえー、そんなことがあったんだ。って、すごいじゃん!本当、何者なの…?」

「いや…えっと…あはは…。」


 クロックさんとの一件を説明はしてみたんだけど、あんまり答えにはなってなかった気がする。

 とりあえず笑ってごまかしてみた。


―――カノンさん…悪い人じゃなさそうだけど…。


 本当のことを打ち明けても良いとは思うんだけど…解決は難しいと思う。

 いきなり「実は異世界から来たんです。かえる方法を教えてください。」なんて伝えても、フィクションだと思われるに決まってるもん。

 騒ぎになっちゃうのも困るし、しばらくは伏せとこ。


「あ…そっか!ユイちゃん、すごく有名な魔法使いなんでしょ!世を忍ぶ事情があって…でも、そんな有名人がいなくなったら一大事よね…。もしかしてその娘さんか!納得。『かわいいこには旅をさせよ』ってやつでしょ?修行、応援するよ!」


 クロックさんと似たような推理をたどり、有名人の子どもということで落ち着いちゃった…。

 もちろん否定はしたんだけど、むしろ逆効果だった気がする。


―――困ったなあ…そんなんじゃないのに…。


 噂のひとり歩き、ちょっと怖かったりする。

 尾ひれがつくくらいなら良いんだけど、世界を守るために旅をしてる…なんてことになっちゃったら一大事。

 バグステータスのおかげで、そこらへんのモンスターを相手させられるぶんには…まぁ、大丈夫だと思うけど。


―――魔王とか災厄とか…そんなの任せられたら…。


 たまったもんじゃない…。

 モンスターがいるんだから、そのボスとかいても不思議じゃないし。


「…。」


 痛いのとか嫌いだし…そもそもモンスター怖いもん。

 バグステータスでゲーム感覚になってるから…大丈夫なだけ。


「ユイちゃん?」

「あ、はい。」

「とりあえず受注しよっか!」


 考えるより動く派の私。

 無理やりポジティブを取り戻して、てとてとと掲示板に向かう。


―――共同受諾…。


 カノンさんが手にとった依頼書にはそう書かれてた。

 共同受諾。

 2人以上で受諾する必要がある…という制限で、新人冒険者の安全を守るための制度だそう。

 普通は共同受諾依頼から始めるらしいんだけど、私はなぜかスターをもらっちゃってるので…チュートリアルをすっ飛ばしちゃったみたい。


―――クロックさんには…討伐依頼すすめられたし…。


 こほん…それはさておき。

 カノンさんが受注の手続きをちゃちゃっと済ませてくれた。


「ありがとうございます。」

「いいよいいよ。私が誘ったんだし、それに…一応、先輩冒険者だからね!」


 軽く胸を張ってはにかんだカノンさん。

 とっても頼もしい。


「あ…でも、ユイちゃん装備もってないんだよね?」

「はい。」

「うーん…まぁ、大丈夫か。モンスターとか出るエリアじゃないし、報酬ためて良い装備買った方が良いからね。」


 それは一理あると思う。

 ゲームでも最初から持ってる装備なんて…まぁ、あってないようなものだもんね。

 プレイヤースキルがなくても、強い装備の力をもってすれば、だいたいのクエストがクリアできちゃうのも…ゲームの良いとこだったりするし。


―――どうせなら…何周年記念とかのタイミングが良かったなぁ…。


 ログインボーナスとかで無双できたかも。


 ちなみに採取の目的である薬草は、山のふもとに群生してる。

 普通であれば数十分で終わるような依頼らしいし、さすがにモンスターに会うことはないと思う。


―――フラグかな…?


 いけない、いけない。

 ちゃんとへし折っとこ。





 てくてく歩くことしばらく。

 薬草が広がるエリアに到着したカノンさんと私。


「これが薬草。採取の仕方は…そうそう、そうやって触れれば大丈夫だから。」

「はい。」


 触って収納したいと思えば自動収納。

 とってもありがたい異世界の魔法。

 ちなみに薬草の見分け方、とっても簡単。


―――じーっ…。


 見つめると、詳細がポップアップで表示される。

 普通の雑草とかだと何も表示されないから、ポップアップが出てる場所だけ確認すればおけ。


「カノンさん。」

「なに?」

「あの…自動収納って、何でも収納できるんですか?」


 ちょっと気になってた。

 収納したいって思うだけで良いなら、それこそ引っ越しとか超ラク。


「何も教えてもらえずに…修行ってのも大変なんだね…。」

「あ…あはは…はい。」


 そういえば「修行中の身」ってことになってるんだった…。


「収納できるのは、その人が自由にできるアイテムだけだね。他人のものとか、持ち主の許可がないと収納できないし…もちろんモンスターとかも無理だね。討伐し終えた後の素材とかなら、もちろん収納できるよ。」

「ですよね…。」


 異世界、思ったよりしっかりしてた。


「ちなみに容量は、人によりけりだね。素材を山ほどしまえる人もいれば、冒険の必需品くらいしかしまえない人もいるし。レベルアップすると増えるらしいけど、私も詳しいことは知らないんだ。」

「まずは容量を増やした方が良さそうですね。」

「うん。収納できる量が増えれば、それこそ遠出もしやすくなるし。あ、あとね…。」

「?」


 カノンさんはおもむろにおにぎりを取り出した。

 まんまるでおいしそう。


「これ、実は5日前に作ったおにぎりなんだ。」

「…えっ!?」

「あ、やっぱり知らなかったか。収納魔法に入ってるアイテムは…時間が止まるんだ。腐ったりすることもないし、壊れちゃうこともないんだよ。」

「ほ、本当ですか!?」


 めっちゃびっくり。

 そんなことを聞いちゃったら、やるべきことはひとつしかない。


―――食料…ためこもう。


 ここしばらくの目的が決まった。

 まずは食料。

 「一に食欲、二に食欲。三、四も食欲。五も食欲。」な私にとって、食料はマストアイテム。


―――まずはオムライスだよね、卵は売ってたはずだし…。


 そんなことを考えながら、採取を続けること数分。

 とっても順調。

 モンスターも出てこないし、このままいけば10時までには終わるかな。


 …そんな期待は、カノンさんの恐怖を帯びた声とともに、はかなく消え去った。


「ユイちゃんっ!後ろっ!」

「!?」


 言われたままに振り返った私。

 目線の先には。


「ク…クマ…?」


 巨大なクマさん。

 横にそびえてる大木と見紛うほどの巨体。

 恐怖で身がすくんじゃう…。


―――う…動けない…。


 バグステータスがあるから大丈夫…頭ではわかってるんだけど…。

 身体が言うことを聞いてくれない。


氷の太刀アイシクル・ブレード!」


 尻もちをついた私の前に飛び出したカノンさん。

 構えられた剣からは、この距離でもわかるほどの冷気が。


 一触即発の空気。

 呼吸を忘れる私。


―――…。


 次の瞬間。


「あ…あれ?」


 クマさんは走り出した。

 私たちの方…じゃなくて、森の方へ。

 カノンさんと顔を見合わせる私。


「き…きっと、私の迫力に気圧されたのね!よかった…私、冷気を纏わせられるだけで、攻撃はできないのよね…。」

「…!?」


 カノンさんの衝撃的な告白はさておいて…クマさんが逃げ出した原因には、ちょっと心当たりがあったりする。


―――あのクマさんって…この世界に来たころに出会ったクマさんだよね…。


 ただ背中を丸めてただけで、特に攻撃とかしたわけじゃないんだけど…あのクマさん親子には恐怖を植え付けちゃったみたい。

 仕留めようと放った一撃…それが効かないどころか、自分にダメージが入る。

 そんな状況…私だって怖いもん。


―――バグステータスさまさまだね…。


 なんか…ごめんなさい。


「と、とりあえず薬草は集まったし。…帰ろうか。」


 カノンさんの声、思いっきり裏返ってた。

 私も足がすくんでるもん。

 やっぱりあの巨体は…結構な恐怖。


―――クマさんの方も恐怖だったと思うから…恐怖と恐怖がぶつかりあう謎の空間ではあったのかな…。


 吹き付けた風が、一段と冷たく感じた。

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