011 唯、足りないものに気づく。
ベッドの上でごろんごろん。
横のテーブルに紙とペンを設置して、いつでもメモを取れる態勢だけは整えとく。
―――ノート…早めに買っとこ。
せっかく異世界にきたんだし、小説のアイデアのひとつやふたつ…持って帰らなきゃ損だもん。
本当に異世界を経験した小説家…絶対売れる…。
そんな安直すぎる考えはさておいて、設定をちゃんと考えよう。
―――名前は決まってるし…聞かれるとすれば、出身かな?
初対面でいきなり「好きな小説は?」とは聞かれないと思うし。
でも困った。
この世界の地理、全く知らない。
今いるこの町が「ヒマワリの町」と呼ばれてること…あとは「アヤメ王国」という国があることくらいしかしらない。
「王都出身ってのも…。」
ガーネット姫に伝わると…いろいろ矛盾が出てきちゃいそうだし。
―――創作かな。
それっぽい地名を考えよう。
サクラの町…ありそうだよね。
あんまりありそう過ぎる地名もまずい気がする。
「私と同じじゃん!」なんて言われたら…目もあてられない。
サクランボの町。
うん、良さそう。
ちなみにサクランボが好物という…安直すぎる理由。
絶妙すぎるネーミングセンスを発揮しちゃったけど、そこまでこだわることじゃないし。
「えーっと…サクランボの町出身。家族構成は…無難なのは全員冒険者パターンだよね。」
あんまり入り組んだ設定にしちゃうと、そのうち忘れちゃうと思う。
できれば覚えとくことは少なめがありがたい私。
ぐぎゅるるるる…。
えへへ…おなか空いた。
ごはん食べよ。
■
「むにゅん…。」
うな重…もう食べられましぇん…。
「ふむ…?」
あれ、朝陽だ。
―――ぬわっ…またやっちゃった…。
ごはん食べたら設置の続き考えよう…とか思ってたのに、もののみごとに眠気に負けちゃった私。
寝落ちした結果の異世界転移だったはずなのに…一日でその恐怖心は飛んでった。
「ん?」
なぜか枕元に置かれてた方位磁針、それを見てびっくり。
思わず二度見…からの三度見。
なんとこの世界の太陽、西からのぼってた。
―――い…異世界…。
やっぱりか…という諦めに似た気持ち。
でもその間から、変な高揚感が芽生えてきた。
現実はもう受け入れ始めてるし、あとはどれだけ楽しく暮らせるかだよね。
ポジティブを維持しよう。
珍しく生産的な朝。
普段は、もうちょっと寝たいとか…誰かアラームとめて…とかしか考えてないのに。
「あ!バイトどうしよう…。」
忘れてたけど、今日木曜日だ。
午後からシフトが入ってたはず。
連絡手段はないからどうしようもないんだけど、無遅刻無欠勤がとりえだった私…ちょっと複雑な気分。
―――誰か心配して見に来てくれないかな…。
もとの世界の私、どうなってるのかすっごく気になる。
メガネが要らなくなってる時点で、この身体は本物の身体じゃないと思ってる。
えっへん、突然の名探偵ユイ登場。
ただ寝ちゃってるだけならありがたいけど…。
「まぁ…考えても仕方ないか。」
現実は後ろへポイっと受け流して、今日も一日楽しく暮らそう。
とりあえず寝ぐせは直さないとね。
あいかわらずのスゴイ寝ぐせ。
寝てる間に嵐に襲われたとしか思えない感じ…両サイドには猫耳みたいな突起ができてるし。
どうやって寝たらこうなるのかわかんないけど、直し方はわかってる。
一度リセットしちゃえば良い。
そう、朝シャンです。
覗いちゃダメだよ。
…まただ…誰に言ってるんだろ、私。
■
「ユイさーん。起きてるー?」
ドアの外から声。
カノンさんだ。
「はーい。今出まーす。」
「慌てなくて大丈夫だからねー。」
荷物という荷物は何にもないので、身だしなみだけ最終チェック。
寝ぐせも直したし、服も大丈夫。
お弁当のゴミはちゃんとまとめといたし、シャワーもちゃんと止めてる。
―――よし…。
意気揚々とドアを開けて、今日も一日がんばろうの伸びを一回。
ガチャリとドアが閉まり、オートロックが機能した。
「よーし…あっ…。」
…スリッパかえるの忘れてた。
■
靴をトントン。
どたどたと階段を降りると、受付の前でカノンさんが待っててくれた。
「おはようございます。」
「おはよ。今日、よろしくね!」
「はい。」
とりあえずお会計を。
「ありがとうございます。1泊のお会計、300ゴールドになります。」
「はい。」
お財布…はまだ持ってないので、ギルドでもらった封筒から300ゴールドを。
昨日の採取依頼の報酬は1000ゴールドだったので、やっぱりこの世界…普通に暮らしていけそう。
「ありがとうございました。またのご利用お待ちしております。」
「ありがとうございます。」
またお世話になると思う。
連泊というシステムはあるみたいだけど、せっかくならいろんな宿屋さんに泊まってみたいもんね。
「さてと…行こっか。」
「はい。」
カノンさんの服装、昨日とちょっと違う。
ゲーム的な発想だと、採取用の装備とかなのかな。
採取数アップとか…そんなスキルがついてるのかな。
謎に想像が膨らんでいく私。
―――あ…短剣だ。
腰に携えられた…長さ30センチくらいの短剣。
そういう私は何も装備持ってないんだけど、魔法が使えるから大丈夫…だと信じたい。
というわけで、そのままギルドへの道のりをてくてく。
朝のお散歩、久しぶり。
「そういえばユイちゃん。ユイちゃんの職業って、何なの?私は見ての通り、剣士なんだ。この短剣、安いけど…結構性能良いんだよ。」
「あ…えっと…。」
昨日、がんばって設定は考えてたんだけど、とっさには出てこなかった。
微妙な間をおいて、なんとか答えをしぼりだす。
「ま、魔法使いです。」
クロックさんが私のこと「魔法使い」って言ってたし、たぶんおかしくはないと思う。
そのはずなんだけど…カノンさんは少し
「魔法使い…杖は持ってないの?」
言われて思った。
クロックさん、魔法使うときは杖出してたよね。
でも、持ってないものはどうしようもないし…。
「持ってないです。」
「へー、珍しい。杖なくても魔法使えるんだ。魔法使いにもいろいろな種類があるんだねー。」
「みたいですね。あはは…。」
どうやら自己完結してもらえたみたい。
よかった。
でも、杖は買った方が良いかな…その方が魔法使いっぽいし。
そんな会話が一段落したころ、ギルドに到着した。
まだ朝早いというのに、訓練場からは気合いの入った掛け声が聞こえてきてる。
「おはようございます。」
「あー、ユイさんだ!クロックさん、ユイさんが見えましたよ!」
「何?ユイ殿、ユイ殿ー!」
比喩じゃなくて本当に飛んできたクロックさん。
どういう仕組みかはさておいて、私は苦笑いを浮かべるしかない。
カノンさんは…当然だけど、あっけにとられてる。
―――そりゃそうだよね…。
私は新人冒険者。
クロックさんはギルドマスター…つまりこの町のギルドのトップ。
そんなクロックさんが「ユイ殿」なんて呼びながら飛んでくるんだもん。
なんかいろいろとおかしい。
「いやー、ユイ殿。おはようございます。」
「お…おはようございます。」
「実は魔法についてご相談がありまして。…あっと、これは失礼しました。お連れの方がみえましたか。では、またお暇なときに。」
そういってクロックさんは訓練場へと戻っていった。
突風のように。
…嵐のあとの静けさって、このことなんだ。
身をもって実感した瞬間。
「…ユイちゃんって…一体何者…?」
「えっと…新人冒険者…です。」
カノンさんの
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