010 唯、設定を考える。
声がした方へと振り返る私。
そこにはグレーを基調とした装備に身を包み、短剣を携えた女性がひとり。
優しく微笑んでくれてるけど、知らない人についていっちゃダメだよと口酸っぱく教えられた子ども時代。
―――良い人そうだし…大丈夫かな?
もとの世界なら最悪の判断だけど、ここは異世界。
それに私はバグステータス。
…それはさておき。
「…はい。今日冒険者になりました。」
「やっぱり!」
「ふぇぁっ!?」
突然女性に両腕をつかまれた私。
あまりのびっくりによくわかんない声がでちゃった。
―――!?!?!?
勢いにおされて目をしろくろさせてる私。
「あっ!ご、ごめんなさい…急に…。」
「い、いえ…。」
微妙な空白時間が流れてる。
こういうの、ちょっと苦手。
「えっと…私はカノン。さっきこの町に着いたばかりの冒険者。一緒に採取依頼を受けてくれる人を探してるんだけど、よかったらどうかな?」
きらきら屈託のない笑顔と元気で明るい声。
一人っ子な私だけど、お姉ちゃんみを感じてる。
「採取…依頼ですか?」
「うん。依頼の内容なら心配しないで。ただの薬草採取だから、そんなに危険なところにはいかないし。」
カノンさんから差し出された依頼票を受け取る。
正確には依頼詳細票と呼ばれる書類なんだけど、違いはよくわかんない。
―――薬草を100本。初心者向けの依頼につき、2人以上で共同受諾すること。
誘われた理由がようやくわかった。
どうやらカノンさん、今日の騒ぎを知らないみたい。
純粋に共同受諾できる冒険者を探していたらしい。
―――疑ってごめんなさい…。
心のなかで謝って、現実的な質問を。
「あの…今からですか?」
もう太陽は沈みかけてる時間帯。
暗いの苦手な私、夜の行動はできれば避けたい。
「明日の都合が良ければ、明日かな。どう?受けてくれる?」
ちょっと迷ったけど、採取依頼なら今日もやったし。
「はい。よろしくお願いします。」
「よかったー!いや、共同受諾依頼はね、報酬が1割増しになるんだよ。」
それは初耳。
良い話を聞いちゃった。
ぐへへ。
「じゃあ、よろしくね。えっと…?」
「あ、冒険者のユイです。」
「ユイちゃん。良い名前だね!」
「えへへ…ありがとうございます。」
忘れてた自己紹介を済ませ、喫緊の課題…泊まる場所問題を聞いてみることにした。
「あの…ホテル…泊まる場所とかってご存知ないですか?住む場所決まってなくて…。」
さっきこの町に来たというカノンさんに聞くのは変な気もするけど、旅慣れてる感じだし…ワンチャンあるかも。
「そうだねー。泊まれる場所だったら、知り合いがいる宿屋があるよ。少し前にお世話になったところ。あの頃はまだ冒険者じゃなかったから、旅行で泊まっただけだけど。…一緒に泊まる?」
「はい。よろしくお願いします。」
話はまとまったので、宿屋に案内してもらった私。
町の中心からは少し離れた場所、閑静な住宅街の一角におすすめの宿屋さんはあった。
―――大きい…よね。
異世界に来てからずっと思ってたけど、建物のサイズ感が結構すごい。
基本は木造みたいだけど、装飾も凝ってて…なんというか、高級住宅街感が漂ってる。
「あ…あの?」
「どうしたの?」
「お金…あんまり持ってないんですけど…。」
「あぁ、大丈夫。ここはかなり安めの宿屋さんだから。」
カノンさんは左手で3という数字を出してくれた。
「300ゴールド?」
「うん。それくらい。大丈夫そう?」
「はい。」
ほっと一安心。
回復花の採取をしてるだけでも、とりあえずは暮らしていけそう。
異世界、良心的だった。
■
「よし…オッケー。ユイちゃんはこっちね。」
「ありがとうございます。」
手渡された鍵を受け取る。
ちなみに宿泊の手続きはカノンさんが全部してくれた。
頼ってばかりな私。
部屋は2階なので、世間話をしながら階段をてとてと。
カノンさんと翌朝の予定を合わせ、部屋の鍵を開ける。
「それじゃあ、おやすみー。」
「おやすみなさい。」
ドアがガチャリと閉まる音。
電気をつけて、途中で買った「からあげ山盛り弁当」と「野菜たっぷり中華丼」をテーブルへ。
―――からあげー、からあげぃ!
ノリノリで室内を探検。
ちなみに中華丼も一緒に食べるよ。
えへへ。
「あ…お風呂とかも普通だ。」
洗面台もお風呂場も寝室も、もとの世界のビジネスホテルそのものといった感じ。
ドライヤーみたいな機械もあるし、暮らすのに不便はなさそう。
寝室と居間がわかれてる分、ちょっとお高いお部屋って雰囲気はしてる。
―――ふへーっ、大変な一日だった…。
緊張してたからだと思うけど、疲れが一気に顔を出してきた。
寝ようと思えばすぐ眠れそうだけど、まだまだやらなきゃいけないことはたくさん。
ごはんを食べなきゃだし、夕食もとらなきゃいけない。
からあげももぐもぐしたいし、中華丼は飲み物。
ぐへへ…楽しみ。
「でも…その前に…。」
現実的な問題。
最終的には…もとの世界へ戻る方法を考えなきゃいけない。
なんで異世界にとばされちゃったのか…とかも大事だけど、それより解決策を考える方が効率的だと思う。
―――考えても…わかんないんだけど…。
こんなこと、学校でも教えてくれなかった。
つい半日ほど前に異世界に飛ばされて、脱出方法すらわからない。
しかもモンスターとか出てくるし、魔法まで使えちゃう謎の世界。
それなのに…不思議と落ち着いている自分がいる。
なんていうんだろう…現実感がない。
「むふぅ…。」
パニックになるよりは良かったかも。
ビビりな性格だと思ってたけど、こういう鈍感さというか…そういうのは持ち合わせてたみたい。
そういえば、昔なにかの本で読んだ気がする。
防衛本能がどうとかで…理解を超える状況下では、現実逃避的な方法でメンタルを守るらしい。
もちろん私は心理学なんてずぶの素人。
あってるのか、さっぱりわからないけども。
「うにゃん…。」
寝返りをしてみた。
このままベッドでゴロゴロしてたい気分なんだけど、あまりにも生産性がなさすぎる気がする。
―――シャワー…浴びようかな。
のそのそと起き上がり、脱衣所へレッツゴー。
覗いちゃダメだよ。
…誰に言ってるんだろう、私。
コホン…お湯の温度は良い感じだった。
シャンプーもバラみたいな香りがして、良い感じだった。
良い感じって感想しか出てこないけど、本当に良い感じ。
―――魔法が使えるのと、巨大なイノシシが出てくるのは謎だけど…。
それを除けば、結構現実世界と変わんない気がしてきた。
―――ん?あ、メガネも謎だよね。
久しぶりの裸眼を
コンタクト的なものがあるのかもだけど、あんまりもとの世界の話…不用意にしない方が良いと思う。
「メガネ…?コンタクト…って何?」なんてなっちゃうと、変に疑われちゃうかもだし。
小説の定番的展開の例にもれず、初日から結構目立っちゃった私。
できれば普通に暮らしたい。
帰れるかどうかもわかんないわけだし…それなら少しでも楽しく暮らしたいもんね。
―――やっぱり設定…考えてみようかな。
ここは小説家のタマゴらしく、自分の設定を考えてみることにした。
…っと、その前にごはん。
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