007 唯、イノシシと戦う。

 強い恐怖を感じる状況…とっさに視線を動かしてみると、そこには数メートルはあろうかという巨大すぎるイノシシがいた。


―――で…でかすぎじゃない!?


 私が自転車だとしたら、トラックくらいのサイズ感がある。

 うりぼうならかわいさもあるけど、この大きさは恐怖以外の感情が出てこない。


「アイス・チェーン!」


 女性がいろいろな魔法を放ち続けてるけど、そのどれもが意味をなしていない。

 当たってはいるんだけど、巨大すぎるイノシシには全く効いてない。


『フゴッ!』


 鼻息すら風圧を感じる。

 巨体はいよいよ突進の準備を始めた。

 後ろ足で大地をえぐり、前足は絶望までの時を刻むみたいに…小刻みに動いてる。


―――助けないと!


 頭より体が先に動いた。

 途中で何の武器も持っていないことに気づいたけど、そんなこと考えてる場合じゃない。

 私のバグステータス、人助けのために。


「…!?来てはいけません!お逃げなさい!」


 駆ける私、それに気づいた女性に制される。

 よく見るとドレスのような服装…どこかのお姫さまなのかな。

 何も持っていない…ちょっとおしゃれな部屋着姿の私を見て、きっと住民が近づいてきたと思ったんだと。


―――怖いけど…ここで逃げるわけにはいかないもん!


 私は冒険者になった。

 小説で想像した冒険者、ゲームで奮迅な活躍をした冒険者…みんなこうするはずだもん。

 こう見えても頑固な私。

 なんとかなるかはわかんないけど、バグステータスに頼れば時間稼ぎくらいはできるはず。


 きっと…小説ならこう続く。


「しゅけだちいたします!」

「…?」


 きょとんとされてしまった私。

 やっぱり慣れないことはするもんじゃないよね…。

 ちなみに「助太刀」って言いたかった…。


 そのままの勢いで、お姫さまと巨大すぎるイノシシの間に入る。


「さぁ、来いっ!」


 構え方なんてわかんないけど、とりあえず腰を低くしてみる。

 もう少し時間が欲しかったけど、イノシシの突進は止まらない。


―――…来る!


 イノシシの後ろ足が、木を隠すほどの土を舞い上げた。


『グワッ!』


 猪突猛進、四字熟語の意味をこれでもかと思い知る私。

 なんの躊躇もなく、私めがけて一直線に突っ込んでくる。

 距離、あと数メートル。


 速さは重さ…重さは威力。

 恐怖が心を覆う寸前、私は全力で魔法を唱えた。


「ファイア・バーストッ!」


 その瞬間、巨大なイノシシをも凌駕する…巨大な魔法陣が出現した。

 時間が止まっているように感じる…不思議な数秒。

 魔法陣は轟音を残し、巨大な火球へと昇華した。


 シュッ…ドゴォォォォォン!


 とんでもない爆発音とともに…巨大イノシシは、巨大すぎる炎につつまれた。

 火球はというと、まだ威力の半分も発揮していない様子で…そのまま上空へと吹っ飛んでった。


―――…。


 びっくりを通り過ぎて、思考がどっかに行っちゃった私。

 いやいやいや、この威力は聞いてない。

 バグステータスな私だけど、これはさすがにおかしい。


―――ゲームだと…ラスボスとかが使う魔法だよね…これ。


 肝心の巨大イノシシはというと、そのまま吹き飛ばされて沈黙してる。

 とりあえず、救出成功…?


 振り返ってみると、お姫さまがお姫さまらしからぬ顔をしてた。

 …そういえばお姫さまかどうかはわかっていないけど、とりあえず声をかけてみる。


「あの、大丈夫でしたか…?」


 茫然としてた女性だったけど、すぐに優しい微笑みを浮かべてくれた。


―――良かった…とりあえず無事みたい。


「あ…危ないところをお助けいただきまして、ありがとうございます。私はアヤメ国王の第2息女、ガーネットと申します。」


 ペコリと頭を下げた女性。

 なんとびっくり、本当にお姫さまだった。


「し、失礼しました!えっと…私、冒険者のユイといいます。えっと…22歳で誕生日は…じゃなくて、コスモス…じゃなかった、ヒマワリの町でお世話になってます。」


 とっちらかった自己紹介を返した私。


「あの…周りの方々は大丈夫…ですか?」

「はい。攻撃は受けていないはずですので。」

「良かった…。」


 護衛さんは、幸いケガもなかったみたい。


―――ん…それって…。


 こういう時だけ妙に勘がするどくなっちゃう私。

 護衛さんが倒れてて、お姫さまがお一人で戦っている状況って…結構まずいんじゃ…。

 下手をすると…いや、下手しなくても責任問題が…。


 私には関係ないはずなんだけど、なぜか冷や汗ダラダラな私。

 心なしか…お姫さまも怒ってる気が。


 そんな針のむしろ的状況のなか、衛兵さんは目を覚ました。


「はっ!姫様!ここは危のうございます。早くお逃げ下さい!…って、あれ?」


 目の前には巨大イノシシがまるげで横たわってる。

 なんなら香ばしい匂いまで漂ってる。


―――おいしそう…。


 あまりな状況に、衛兵さんたちは目をしろくろさせてる。

 そして、お姫さまの隣に座ってた私…気づかれた。


「姫様!お離れください!貴様、何者だ!」

「ふぇっ!?」


 ちょ、ちょっと待って。

 私、皆さん助けた。

 私、良い人のはず。


「タンク!命の恩人になんという無礼を!私たちは、このお方にお助けいただいたのですよ!すみません、ユイさん。」


 お姫さまの一喝により、タンクさんほか衛兵の皆さんは…おでこを地面にごっつんこした。


「なんと!大変申し訳ありませんでした。我々がふがいないばかりに、このようなお嬢さんのお力までお借りすることになるとは…。タンク、一生の不覚。」

「お嬢さん、ありがとうございます。おかげで命びろいしました。」


 ごめんなさいと謝罪されているんだけど、なんだか納得いかない。

 …子ども扱いには、もう慣れたけども。


「えっと…大丈夫ですから。皆さんにケガがなくて良かったです。」

「ありがとうございましたーっ!」


 なんだかとっても…くすぐったい気持ちになった私。


 そんなガーネット姫ご一行は、ヒマワリの町へ向かう途中だそう。

 街道沿いにモンスターが出現してたそうで、それを避けての遠回り…そしたら巨大すぎるイノシシに出会っちゃったそう。


「ユイさん、よろしければ…私と一緒に町へ…。」

「…はい。よろしくお願いします。」


 せっかくだし、ご一緒することにした。

 お姫さまとご一緒できる機会なんて滅多にないし。

 少なくとも、もとの世界では絶対におとずれなかった機会だと思う。


―――小説のタネにならないかな?


 と…そんな現金な考えを抱えつつ、町へと戻っていった。

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