006 唯、降参する。

 クロックさんに背中を押され、訓練場へと押し込まれちゃった私。


―――困った…困ったよ…。


 もう泣きそう。

 なんで私がムキムキマッチョさんと決闘なんて…。


 ギャラリーもすごい…こんなか弱い女の子が倒されるところ…わざわざ見に来なくても…。

 訓練場の真ん中にはムキムキマッチョさん…じゃなかった、ジャイアントさんが立ってる。

 威圧感もりもりな仁王立におうだちで。


「さあ、始めるぞ。」

「…。」


 一応、クロックさんが審判をしてくれるみたい。

 危なくなったら止めてください…という、念押しの視線を送ってみたんだけど、なぜかウインクを返された。


―――ふ…不安だ…。


 ちなみにクロックさんが「ジャイアントさんは格闘家かくとうかと呼ばれる冒険者です」と教えてくれた。

 きたえ抜かれたその体、それ自体が武器となる職業らしい。


「いくぞっ、ふんなぁー!」


 ものすごい掛け声とともに、ジャイアントさんが飛んできた。

 いや、走ってるだけなんだけど、もう飛んでるみたいなスピード感。

 そのままくりだされたキック。

 風を切る音とともに、ジャイアントさんの右足が、私の脇腹をとらえた。


―――よしっ、これで。


 とりあえず痛くはなかったし、絶好の降参チャンス。

 これを逃したら、また上級魔法とか使われかねない。


「参りました。」


 ペコっと頭を下げて、両手を上げる。

 降参の意思表示。

 …だったんだけど、それをかき消すように悲鳴があがった。


「うぉぁああっ!?」


 悲鳴の主…私じゃなくて、ジャイアントさん。

 ジャイアントさんの右足が…腫れてた。

 最初に出会ったクマさんみたいに。


「す…すげー!あのキックで身じろぎ一つしないなんて。」

「やっぱり名のある冒険者なんだ!」

「うぉー!いいぞ、お嬢ちゃん!」


 歓声があがり、イメージが独り歩きしてる。


―――どうしよう…こんな状況で降参できないし…。


 完全におせおせムードなギャラリーさん。

 クロックさんに至っては、泣いてるし…。


 頭をフル回転、解決策を無理やり考えていると…ジャイアントさんがゆっくりと起き上がってきた。


―――次は痛がるふりをして、降参しないと…。


 そんなことを考えていたら、なぜかジャイアントさんが両手を上げた。


「ま、参りました。俺のキックが効かないなんて。」


 ポカーンな私。

 先に降参されてしまった。

 歓声が爆発してる訓練場、クロックさんが駆け寄ってくる。


「さすがユイ殿です!すばらしいです!あの攻撃を受けて…無傷どころか、顔色ひとつ変えない!最強の冒険者がこの町にっ!」

「うぉーっ!ユイさーん!」


 大変です、皆さん大騒ぎです。

 オホホ…どうしましょうか。

 …なんて言ってる場合じゃないし。


「いや…お強いんですね。俺…いや、私が間違っておりました。これを…どうぞ。」

「いえ、そんな大切なもの、もらえません。」

「約束ですから。どうぞ。」

「あぇ…はい…。」


 ジャイアントさんよりスターをもらった私。

 歓声につつまれながらギルドホールに戻ると、冒険者証が準備されていた。

 普通なら Eランク からのスタートらしいんだけど、さっきのスターを持っているから Dランクスタート となった。


―――もらっておいてよかった…のかな?


 なんだかとっても忙しい船出になった、私の冒険者人生。





 その後もクロックさんから弟子にしてくださいの応酬おうしゅうを受けたんだけど、何とかお断りした。


「ですから…私は普通の冒険者で。そんなスゴイ魔法使いとか、そういうのじゃないんです。」


 ただのバグ。

 憧れられるような存在でもないし、ひとさまに何か教えられるような存在でもない。


「そうですか…私の力不足ですね。わかりました、ユイ殿に認めてもらえるように精進しょうじんします。うぉーっ!訓練だ!訓練ーっ!」


 …と、なんだか不思議な納得のされ方をしちゃった。


―――まぁ…良かったのかな。


 訓練することは良いことだと思うし、私への弟子入りは棚上げになったみたいだし、一件落着。


「さてと…。」


 ひとまず忘れかけてた回復花の依頼を受注して、町を出る。

 受付のお姉さんいわく、回復花は町のそば、草原のあたりに群生しているらしい。

 採取方法の資料までもらえたし、これでなんとか生活していけそう。


 ちなみにすっかり有名人になってしまったため、町を出るまでしばらくかかっちゃった…。


「ふう。こんな予定じゃなかったけど、冒険者にはなれたし、これで一安心かな。」


 資料を見て気づいたんだけど、回復花はこの町へ向かう途中、何度か見かけた。

 場所はもちろん覚えてない。えっへん。

 というわけで、草原のあたりを散策開始。


 ちなみに例の持ったものが消えてしまう問題は、怪訝な顔をしたギルドのお姉さんによって解決された。

 どうやら 収納魔法 によって勝手に収納されていく、というのがこの世界の常識だそう。


「え!とれた数に応じて報酬が違うんだ。」


 依頼内容を確認して、がぜんやる気が出てきた。

 小説も文字数に応じてお金が発生するのなら、もっと書けるんだけどな…なんて下世話な考えも巡らせてる私。

 こういう採取とか大好きな私、飽きるのもはやいけど…。


 そんなこんなで1時間ほど採取を続けていると、山の中腹あたりに到達してた。


「そういえばこのあたりだったよね、私が目を覚ましたの。」

『ぐわ?』

「え?…あ、こんにちは。」


 くだんのクマさん親子と再会しちゃった。

 また襲われるかと思ったけど、親クマさんはぺこっと頭を下げるようにして、その場を離れて行った。

 かわいい。


―――もしかして…怖がられてる?


 かもしれない。


 ちなみに採取した回復花の数、便利なことに依頼票に記録されてた。

 100本をこえてたんだけど、これ以上は報酬の額が変わらないみたい。


「物価…わかんないけど、これで生活できると良いな…。」


 食いしん坊な私。

 すっかりおなかぺこぺこ。

 回復花…食べれるのかな…。


 コホン…とりあえず町に戻ることにした。


「ファイア・アロー!」

「!?」


 突然の声。

 びっくりして、声のした方向を見上げると…一人の女性がいた。

 近くには衛兵らしき人がいるんだけど、みんな倒れてる。


―――危ない…!


 女性が孤軍奮闘こぐんふんとうする相手を見て、私は言葉を失った。

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