002 唯、ポジティブになる。

―――これって…バグだよね?


 攻撃力9999、防御力9999って…たぶん限界値だと思う。

 100ポイントを配分してくださいって表示されてたけど、合計は19998…200倍近い数値になっちゃってるし。


「異世界…意外と雑なのかな?」


 よくわからない理由で納得した私。

 改めて周りを見渡すと、広大な自然が広がってた。

 背後にそびえる山々…両手に広がる大草原。耳をすませば川のせせらぎ、小鳥のさえずりがハーモニー。

 田舎出身とはいえ、ここまでの大自然にはある種の恐怖を感じちゃう。


「あ、スマホ…。」


 現代っ子の性、スマホがないと不安になっちゃう。

 部屋着のポケットを確認してみたけど…やっぱりスマホはなかった。財布もないし…人工物は何もない。


―――スマホがないだけで…こんなに不安になるんだ…。


 異世界に来ちゃったことよりも、スマホがないことの方が目下の問題。

 メールや電話はもちろん、通販から音楽、動画の視聴まで…私の生活、ほぼ全てに登場するスマホ。

 まさに必需品。

 便利なものではなく、ないと困るものの象徴だったりする。


 昔、友だちから「無人島にひとつだけ持っていけるなら?」という有名な質問をされて、「スマホ!」と大声で答えた記憶がある。

 電波も電源もないけど…と呆れられたのは、悲しい思い出のひとつだったりする。


異世界いせかいなんて、SFのなかだけだと思ってたけど…。」


 受け入れたくはないけど、さすがに受け入れないと始まらない。

 このままだと野宿になっちゃう。

 もし、モンスターなんか出てきたら…大変なことに。

 これからどうすれば…そんなことを考えてると、突然周囲が暗くなった。


―――まさか…雨?


 悲しい心に追い打ちをかける事態。

 上を見上げてみたけど…まさかの快晴。

 雲一つない。

 でも、私の周囲は暗い。


―――…。


 おそるおそる振り返ると、嫌な予感が当たってた。


「…!?」


 私より大きい…2メートルありそうな巨体がそこに。

 茶色くて、毛がもふもふしてて…。


「こ、こ、こ…こどものクマのそばには親のクマがいるんだっけ…。」


 冷や汗がふき出してきて、一瞬で背中がべちょべちょに。


―――に、逃げないと…。


 子どものころに山岳さんがくガイドさんから聞いた、あやふやな知識を思い出す。

 あっているかどうかすら怪しいけど、自分の記憶を信じるしかない。


 とりあえず…背中を見せないように、ゆっくりとあとずさり。

 よし、このまま見えなくなるところまで。


「きゃっ!?」


 右足が転がってた石にゴツン。

 思いっきり躓いちゃった…なにやってるんだ私。

 おっちょこちょいを恨みつつ、焦りにあせりまくる私。

 もう汗がダラダラ。


―――お、おわた…おわった…。


 それを見たクマが一気に距離をつめ、必殺のボディーブローをみまってきた。

 グワッという風をきる音、覚悟せよと言わんばかりの咆哮ほうこう


 あきらめて目を閉じる。


―――異世界…あっけなかった…。


 せっかくなら…もうちょっと楽しんでからにしてほしかった。

 しかもモンスターと戦ってとかじゃなくて、転移してきた瞬間に…。


 もう悲しくて、涙も出ない。


「…あれ?」


 覚悟を決めまくってた私だけど、待てど暮らせど衝撃が襲ってこない。

 助かったのかな…なんて淡すぎる期待を胸に、おそるおそる目を開けてみる。


「へ?」


 間の抜けた声が出ちゃった。

 目の前には、漫画みたいに右手を赤くらしたクマさん…手をおさえながら、もんどりうってる。

 状況が飲み込めず、目が点。


―――ど、どうなってるの…?


 私、よくわからない。

 クマさんもよくわかってないみたい。


『…グワフッ!』


 先に我にかえったのは、クマさんのほうだった。

 再度攻撃を仕掛けてくる。

 今度は左手。

 恐怖のあまり背を向けちゃう私。


「…!」


 背中に大きな衝撃が…走らなかった。

 はてなマークを浮かべつつ振り返ってみると、両腕を真っ赤かにしたクマさんがそこに。


『グワ…グワ!?』


 一目散に逃げてった。


「あれ…私って、もしかして強い?」


 防御力9999のなせるわざらしい。

 全くダメージが通らない。

 なんだか気が大きくなってきた私。

 いつも通りなポジティブさを取り戻した。


「異世界にきちゃったんだし…せっかくなら、小説のアイデア、ちょっとでも見つけて帰らないとね。」


 正直、どうすれば帰れるのか全く分かんない。

 そもそもこの世界で生きていけるのかすらわからない。

 でも、そこを考えても始まらないもんね。


―――ひとまずは町を目指してみよう。


 ステータスにバグありな私。

 アイデア探しの大冒険が、今始まった。

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