第3話 思い出と場末のゲーセン
場末のゲームセンターは場末のゲームセンター独特の空気がある。低い天井と黄ばんだ壁紙、くすんだ色をした古い筐体たち。その筐体が奏でる攻撃的なBGMやSE、そしてタバコの匂いがその狭い空間に満ち満ちている。
「月下の剣士じゃん。久々に見た。」
僕は目の前にある古い筐体を指差しながら言った。人が座ってプレイする筐体で、背もたれのない低い椅子に座ると、丁度鳩尾のあたりにボタンと操作レバーがくる。それで正面の画面に映ったキャラクターを操作する。どこのゲームセンターにもある一般的な筐体だが、中身のゲームは20年以上前の作品だ。
「まだ結構人気あるんだぜ。」
仕事で新宿に寄ったので、ついでに学生時代によく言った街をぶらぶら散歩することにした。何の気なしに昔通ったゲームセンターに行くと、その当時仲良くしていた店員がいた。当時はアルバイトだったが今は店長だ。彼の見た目はあまり変わってないように見えたが、店はいくらかうらぶれたように見える。もっとも僕らが通っていた十年前ですでにうらぶれたゲームセンターだったのであまり変わっていないとも言える。ゲームセンターはどこも経営が厳しく、生き残っているだけましだろう。
「このゲームが移植されたのがサターンだったから、サターン買ったよ。」
僕は店の片隅に設置され別の筐体を指差した。その筐体は立ってプレイするもので、銃の形状をした専用コントローラで、画面に向かって引き金を引くことで敵を倒す、いわゆるガンシューティングと呼ばれるジャンルだ。
「サターン買った人なの。見る目ないね。」
「名作結構あるんだよ。バーチャ、パンツぁ―ドラグーン、モトGPとか。」
「プレステに勝てなくて、エロゲーム機になったよな。野々村病院とかEVE。」
「超なつかしいな。」
多くの人はほとんどしらないことだけれども、かつてゲーム業界にはメーカー三社が三つ巴で争っていた時代があった。すなわちセガ、ソニー、任天堂。
家で映画を見るためには再生機とDVDソフトが必要なように、ゲームをプレイするにはゲーム機とゲームソフトが必要だった。ゲーム機が再生機、ゲームソフトがDVDにあたる。DVDと異なる点は、各社規格が全くことなる点だ。ゲーム機Aのゲームはゲーム機Bでは遊べず、BのゲームはAでは遊べない。先の三社は自分達の独自規格でシェアをとるべく、三つ巴の争いをしていた。セガはサターンからのドリームキャスト、ソニーのプレイステーションからプレイステーション2、そして任天堂のスーパーファミコンからのNITENDO64、三つのメーカーがゲーム業界の覇権を争っていた時代。結果はセガの一人負け。セガのゲーム機は他の二機種に比べ挑戦的で前衛的だった。コアゲーマーはセガの挑戦を歓迎したが、ライトなユーザーがその良さを理解する前に撤退の憂き目にあい、その後セガは二度とゲーム機を作ることはなかった。そして僕はセガの大ファンだった。古きよき時代。僕らはそんな時代の話をした。同好の士を相手するとついつい話が長くなってしまう。
「ついでにいうとドリキャスも買ったよ。」
僕は言った。
「ドリキャスは俺も買ったよ。いいゲーム機だったけどな。PSOとか名作だよ。時代を先取りし過ぎてたね。」
「最後はサターンと同じでギャルゲー機になってたよね。インタールードとか好きだった。桑島法子と金月真美、田村ゆかりが出演している。」
「金月真美は聞かなくなったな。今何やっているんだろう。」
僕は時の流れを感じ、しみじみとした気持ちになる。
「この店は変わってないね。ゲームのラインナップも昔のままだ。」
僕は店内を見回し言った。
「変に新しいやつに手をだすより、こっちのほうが固定客がつくんだ。」
「お、ギャルパニだ。よくやったな。」
「そうそう。毎日来てたよね。」
「最近は、お店の調子はどうなの。」
「だめだね。ソシャゲとか家庭用にやられているよ。最近はほとんどのゲームが家庭用でできるからね。それにゲーム業界自体あんまり元気ないね。」
「カードゲームと人気じゃない。ああいうのは置かないの。」
「あれは通信料が高くてさ、うちみたいな零細には無理かな。」
「そうなんだ。」
「ああいう、ゲームやるのかい。」
「なかなかゲーセン行く暇なくてさ。」
「そんなもんだよね。皆大人になる。そろそろ店じまいかね。」
「どうするの。店閉めて。」
「実家に帰るかな。」
多くのゲームは百円で2回プレイできる。増税だろうが、景気が悪かろうがゲームセンターのプレイ料金は変わらない。変えられない。
店員が別の客の対応に呼ばれている間、僕は店内をぼんやりと眺めていた。薄暗い部屋に、無数の画面がちかちか明滅している。まるで深海に佇む未知の生命のようだ。多少な耳障りな電子音、タバコのにおい。やはり店の景色はあの頃と変わらず、ただ客の数だけ減っている。
視界の片隅にクレーンゲーム機をとらえた。ガラス張りの箱の中に積み上げられた景品を、小さなクレーンを操作して取り上げるゲームだ。筐体は昔のまま、景品がぬいぐるみから、流行りのキャラクターフィギュアに変わっている。その前に、20代後半くらいの女性が、真剣なまなざしで佇んでいる。目当ての景品があるようで、何度失敗しても諦めず、僕が見ている間に十回近く硬貨を投入していた。
僕はクレーンゲームも悪くはないかなと思い、女性がプレイしている筐体の横にある、もう一台に向かった。景品に当たりをつけ、それをとるイメージを頭の中で描く。三回もあればとれるだろう。僕は戦略を立て五百円玉を投入する。一度に五百円を入れると1回おまけで、6回プレイできる。景品は三回でとれた。もう一個の景品に目星をつける。三回ではとれなかったが百円追加し4回目で取った。。
「何かコツでもあるの。」
声をかけてきたのは、隣でプレイしていた女性だった。
「ああ、うん。」
僕はしどろもどろ答えた。
「教えてくれない。」
「裏技と、正攻法がある。」
「裏技は?」
「いくらプレイした?」
「二千円くらい。」
「店員に頼めば景品を動かしてくれる。一個の景品でどれだけ稼ぎたいっていうラインがあるから、それを越えたら優遇してくれる。だいたいの店はね。」
「それはずるじゃない。正攻法は?」
「一回でとろうとしない。何回かにわけて穴まで持っていく。あとは掴むだけじゃなくて、ひっかけるとか、ぶつけて押し出すとかも使うといい。」
彼女は僕のアドバイスを聞いて、なんとか五百円でとることができた。僕は灰皿と自動販売機の置かれた休憩スペースに移動した。僕はタバコを吸わないが無性に喉が渇いていた。久々に仕事以外で女性と会話をしたからかもしれない。
「ありがとう。結構奥が深いのね。」
女はさも当たり前と言うように僕についてきた。そして小さなカバンからたばこを取り出し、うまそうに吸った。その動作は手慣れていて、僕は違和感を覚えた。女性がタバコを吸う姿というものに馴れていないのだ。
「そのキャラ好きなの?」
僕は景品を指差し少し怒鳴るように言った。声を張り上げなければ周囲のゲーム機の音に声をかき消されてしまう。
「まあね。」
景品は人気漫画のキャラクターフィギュアだ。
「僕のとったやついるかい?はっきり言っていらないんだ。」
僕はそれほどそのキャラクターに詳しくはないので特に愛着はない。
「じゃあ、なんでとったの?」
「景品が目的じゃないんだ。とることが目的なんだ。」
「よくわからないわ。」
女性は近くで見ると初めの印象より年上に見えた。三十台の前半だろうか。美人だがタバコを吸う姿にどこか退廃的な雰囲気があり、その様子が場末のゲームセンターには馴染んでいる。写真をとれば、コンクールに応募できるかもしれない。
「店員と話していたけど、よく来るの?」
「久々さ。でも学生時代は毎日通った。その頃の知り合いさ。」
「へえ、いいわね、そういうの。私あんまりそういう思い出ないから。」
「なにが?」
「いきつけの場所。学生時代のいきつけって何かよくない?」
「勉強が忙しかった?」
「まあね。」
「医学部。」
「当たり。なんでわかるの。」
「知り合いに医者がいる。一つ聞いていいかい?」
「何?」
「なんで、こんな古くて汚いゲーセンにきたの?ゲームがしたいなら綺麗なゲームセンターは一杯ある。」
「知り合いに会うことがなくて、タバコを吸えるところ。」
彼女はそういって天井に向かって煙を吐いた。
「もう一つ聞いていい?」
「どうぞ。」
「医者ってどういう仕事なの。」
「そうねえ。」
彼女はタバコをつまんだ手の親指で、こめかみをこすり思案気な顔をした。
「やりかた次第で金にはなる。だから選んだの。でも時給換算したら普通の仕事より給料は安いかも。」
「なるほど。」
「けれどね。支出も多い。」
「例えば?」
「奨学金を返さなきゃいけないし、私の場合は二倍稼がないと。」
「子供。」
「いや、男。働かないやつが一人。」
「なるほど。」
彼女はタバコを一本吸い終えると、一言礼を言って、帰っていった。
「ナンパかい。」
店長がどこか嬉しそうに声を掛けてくる。」
「そんな度胸はないよ。そろそろ帰る。」
「おう、また来いよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます