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皇紀八百三十六年肥月四日

旅荘ホテル月桃館げっとうかん一階食堂レストラン


 年末の忙しさはそれはもう本当に凄まじいもんで、従業員一同てんやわんや。おれも掃除や洗濯、食材や消耗品の買い出し挙句の果てには飾りつけと八面六臂の大活躍だった。

 戦時中の激戦地の方が息つく暇があったんじゃねぇか?

 お陰で年末には皆に月給の他、賞与も渡され、何と俺にも四五圓(九万円)もの賞与がでた。

 慌ててユイレンさんに返そうとすると。


「オタケベ様も皆さん同様よくお働きに成られたのですから、それぐらい差し上げないと不平等になりますわ。ほん気持ちと思ってお納めください」


 そう差し戻され、最後に。


「でも、軍資金が出来たからと言って夜遊びは控えてくださいましね、お体に障りますもの」


 いや、ハイ、年末年始位は大人しく致しますです。

 肝心のシスルには一月分の給料と賞与合わせて百三十圓(二十六万円)が支給された。これと軍からの俸給二十三圓(四万六千円)を合わせれば百五十円を超える。

 これなら扉を弁償してもお釣りがくる。

 ・・・・・・しかし、案外金持ちだな、アイツ。今度何かおごってもらおう。

 年が明け、これまた白兵戦のような忙しさの元旦からの数日を乗り越えると少し暇になったので、食堂レストランの営業時間が終わったら忘年新年合同会をやろうと俺がユイレンさんに提案すると。


「それはよろしゅうございますわね!不意のお客様へ対応はお酒を嗜まないフラーマさんとかパハァク君にお任せしたら乗り切れると思いますわ、早速料理長とお献立の相談を致しましょう」


 と賛成頂いたので正月四日、忘年新年合同会をやることになった。

 そして当日。

 主菜は料理長自慢の鍋料理、深めの鉄製の鍋に唐辛子や香辛料を効かせた鶏ガラだしを満たしその中に豚肉や鶏肉の団子、キノコに葉野菜根菜を入れて煮込んで食べる。

 なんとも庶民的でおよそ広大な領地を治める公爵家で出される献立じゃないと思いきや、料理長曰く。


「先代のハク公爵が大変これがお好きでな、週に一度はお召し上がりに成られてた。公曰く『美食の神髄は庶民の献立にあり』てな、ただ公のこだわりはそりゃぁもう・・・・・・」


 これ以上話し出すと永遠に鍋が食えねぇんで、愛弟子のイノゾミ君が「では女将マダムよろしくお願いします」

 立ち上がったユイレンさんの今日のお召物は、ひざ丈の象牙色の女袴スカートに正絹で出来た藤色の寛衣ブラウス女袴スカートと同色の上着。いや、これはこれでよろしゅうございますなぁ。

 酒杯を片手に一同を見渡し。ユイレンさん。


「昨年は、当館の改修も無事終わり、従業員の皆さんも心機一転頑張っていただいたおかげで無事新年を迎える事が出来ました。色々至らぬ私を支えて頂いた皆さんには本当に感謝のし様がありません、それに新しい顔ぶれも迎える事が出来て、本当に実りの多い歳でした。って、まぁ、この辺にしておきましょうね、みなさんお腹もすいてるでしょうから、それでは乾杯!」


 と、言う事で宴は始まり、皆くつろいだ気分で鍋を楽しみ酒を味わった(未成年のお三人は炭酸水我慢してネ)

 半ばに成るとなぜかエルマ嬢が葡萄酒瓶を片手に俺の隣に座り込み、そばかすの頬を上気させて座った目で俺を睨んで。


「オタケベ少佐!うちの可愛い可愛いシスルの事、本当に本当に頼ますよ!絶対に危ない事はさせないでくださいよ!絶対ですよ絶対!もしシスルの身に何かあったら、新聞社に駆け込んで軍の非道を暴いてもらいますからね!」


 てな感じで恐ろしい事を言って絡んでくる。助けを求めてもチャッルナ姉ぇさんは麦酒の酒杯を豪快に煽り、ツゥルモゥ母ちゃんは豚肉を山ほどお椀にもり、イノゾミは麦火酒ウイスキーの炭酸割片手に料理長と愉快気に話し込み、ユイレンさんは俺たちを何だが楽しそうに眺め、ドルジン爺さんは煙管パイプたばこをぷかぷか吹かし、フラーマ嬢はサッサと宴席を離れ食堂の隅で愛用の弦楽器『キンフー』の調律に余念がない。

 俺の大事な相棒はすでに白玉団子に龍珠果の蜜を掛けた甘味デザートに手を出しており、それを作ったパハァクの坊や相手に「美味い美味い」を連発。

 言われた当人は酒も飲んでないのに顔を真っ赤に嬉しそうにモジモジしてやがる。

 おいコラてめぇら!なに勝手に青春してやがる!

 完全に孤立し酔っ払いエルマ嬢の攻撃に曝されるままの俺だったが、数少ない素面のフラーマ嬢がボソッと「玄関で誰か呼んでますよ、見てきます」

 これは好機と「イヤイヤ、俺が行くよ」と食堂レストランを飛び出し玄関に走ると扉の向こうに人影が、開けて「もう食堂レストランは閉店でして」と言ってみるとそこに居るのは見覚えのある姿。

 はちみつ色の髪に羊角の美少年。トガベ少将閣下の当番兵だ。手には大きな紙袋。彼の背後には発動機が駆けっぱなしの単車。

「少将閣下が雇員のシスル殿にお渡しせよとの事です」と一言言って俺に荷物を押し付けると単車に飛び乗り夜の街に消えて行った。

 見ると包みには封書が一通。食堂レストランに戻り「お前宛だぞ」とシスルに手渡す。白玉団子を頬張ったまま袋を開けると中から出て来たのは濃緑色の軍服に制帽、襦袢シャツ外套、黒い単靴、革帯。陸軍軍属の制服一式だ。

 手紙の方はざっと目を通した様だが「読めない字もある。なれよ読んでくれ」と俺に突き返して来た。

「へいへい」と受け取り文面を見る。流麗だが力強さのあるいかにも軍装の麗人といった字だ。


「一筆啓上仕リ候、本職、多忙ニテ月桃館ニ赴ク事叶ワズ、代ワリニシスル君ニ陸軍軍属ノ制服一式ヲ進呈ス、貴官ノ今後一層ノ活躍ト健勝ヲ期待スル、以上」 


 色気もシャシャリケもねぇ文章だな。

「ねぇシスルちゃん、着てみたらどうよ?」とチャッルナ姉ぇさん、それに和して「私がお着替えを手伝ってあげるわ」とユイレンさんが立ち上がり、半ば強引にシスルを事務所に拘引しちまった。

 しばらくして現れたのは凛々しい少年軍人。制服の寸法もピッタリ合い、驚いたことに軍袴の尻には尾っぽを出すための穴まで開いてる。

 制帽の下の顔は恥ずかしいのかうつむき加減。

 期せずして拍手が起こり皆口々に「似合ってる」「カッコいい」と評し「男前だねぇ、今から街に出て見なよ、女の子が捕まえて離さないよ」とチャッルナ姉ぇさんが言い出すと、酔っ払いエルマ嬢がシスルに駆け寄り。

「他の女共に取られるくらいなら、私がモノにする!可愛い!カッコイイ!」

 と言い出していきなり抱き着く始末。

 相当強い力で絡みついているのか、怪力シスルでも逃げられない。

「ライドウ、助けてくれ」と迷惑そうな顔をして俺に助けを求めてくるが、誰が助けてなんかやるもんか。さっき俺を助けなかった罰だ。ヘヘざまぁみろ。

 ふと、嫋やかな弦の調べが聞こえて来た。

 食堂レストランの隅でフラーマ嬢が『キンフー』を抱え。


「シスルちゃんを見てて、この曲が、弾きたくなりました『燕姫奮戦エンキフンセン』です。聞いてください」


 とボソリというと、優雅な所作で曲を奏でだした。

 かつて龍顎湾で少女ながら海洋民を指揮し、侵略者の大艦隊を向こう回し暴れ回った伝説上の女傑『燕姫』を題材にした曲だ。たしか同じ題材の映画の主題曲にもなってたなぁ。

 あっちは大楽団でド派手な演奏だが、こっちはキンフー一個で朗々と奏でられる。

 激しい調子と緩やかな調べが交互に奏でられ、まるで海風に頬を撫でられ波しぶきに曝されているような爽快感を感じる。いい演奏だ。

 みなうっとりと聞き惚れ、曲を送られたシスルもエルマ嬢に抱き着かれている事を忘れて聞き入ってる。


本当に、今宵は良い夜だ。

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