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皇紀八百三十五年終月十日

旅荘ホテル月桃館げっとうかん二階談話室


「チャッルナ先輩!聞いてもらえます!?」


 談話室で灰皿の片づけをしていたチャッルナ嬢を雑巾箒モップを手にしたエルマ嬢が捕まえ開口一発こういった。

 部屋の端っこで新聞(今日は誰が読んでも良い方のヤツ)を読んでいた俺は、聞くとでもなく耳をそばだてる。


「今日はシスルに各部屋の布団の交換をやるように言ったんですよ。そしたら、あの子どうしたと思います?」

「何かへまでもヤッチャた、とか?」

「ヘマどころか、敷布団掛布団五組、地下の布団部屋から持って行って一気に抱えて階段使って持って上がって、交換しちゃうんです」

「手押し車使わないの?」

「階段使うから要らなって」

「南側の昇降機は?(月桃館にはお客さん用の北側昇降機と従業員と荷物用の南側昇降機があるのだ)」

「他の人が使うから自分は使わないって」

「あらそう・・・・・・。お部屋の掃除とか、寝台を整えたりとかは?」

「私の言いつけ通りちゃんと」 

「だったら、良いじゃないの、お正月の忙しい時助かるわぁ、ねぇねぇ、この際大浴場とかのお掃除も任せちゃいなさいよ。うちの男連中も大喜びよ。ねぇオタケベ様ぁ」  


 と、大人しく新聞を読んでるだけの俺を、チャッルナ姉ぇさんがなぜか妙に色っぽい口調で呼びつける。

 特務に配置換えになったは良いが、世間が平和なのかここ最近ご下命が無い。

 ゴロゴロしてる俺を見かねたユイレンさんが、適当に用事を見つけて退屈を紛らわせてきれようとお心を砕き、大浴場の掃除やら外構の溝浚えやらの力仕事を仰せつけてくれるのだが、それもシスルに取り上げられるのか?

 そいつはちょいと困る。ユイレンさんのお役に立てないじゃねぇか。


「大浴場はまだしも、泥だらけになる溝浚いは俺に任せなよ。あれも一応女の子なんでね」


 そう男気(溝浚えで男気もなにも有ったもんじゃねぇけど)を出そうとして言った言葉になぜかエルマ嬢が噛みついた。


「オタケベ様、あの子、軍でどんなお仕事をしてるんですか?覚えの良いのは結構ですけど、あの牛馬みたいなバカ力。まさか危ない仕事なんてさせて無いでしょうね?」


 軍機だから言えるわけない。


「無い無いそんなこと無ぇよ、そもそもまだあいつには何にもさせてねぇって」


 虚実まぜこぜでお茶を濁すと。


「オタケベ様はシスルちゃんの保護者なんですから、キッチリ監督してあげてくださいね、故郷からも遠く離れて暮らしてるんだし守ってあげられるのはオタケベ様だけなんですから!」


 そう景気よく啖呵をぶった切るエルマ嬢の後ろでは、チャッルナ姉ぇさんがなぜか楽しそうに笑ってる。助けてよぇ姉ぇさん。


「ほんじゃぁ保護者として仕事っぷりを見に行ってくらぁ」


 俺はそう言い残しその場を逃げる事にする。エルマ嬢はまだ何か言いたげだったが、チャッルナ姉ぇさんは指をピラピラと振って俺を見送ってくれた。

 南側の外階段、そう一月前俺がシスルに負われて滑り台ゴッコしたあの階段に出ると、下から五、六枚布団の塊がひとりでに階段を上って来るのが見えた。

 慌てて飛びのき横から見ると、制服姿のシスルが涼しい顔して布団を持ち上げ階段をグイグイ登っている所だった。

 確かに知らねぇ人間が見ると度肝を抜かれる絵面だわなぁ。

「おい、無理すんなよ」と声を掛けてやると「これ位大丈夫だ」との返事。

 下から見上げるとワンピースの裾から覗くふくらはぎには、およそ十五の娘の物とは思えない筋肉の盛り上がり、まるで徒競走の選手のそれだぜ。

 これを見たらもう言う事が無くなったので「気ぃつけてな」と言うと「一往復でこれは終わり、あとは敷布と掛布の洗濯だ」と言い残しスルスルと登って行った。

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