見えない未来に手を伸ばして



 スレン様の名前は、もちろん聞いたことがあった。


 この国一番の大魔法使いで、いくつもの属性を使いこなせる唯一の人だと。けれど、そんな彼がこんなにも若くて美しい人だとは思っていなかった。


「どうして此処に呼ばれたか、お分かりですか?」

「はい、わかっているつもりです」

「それなら話は早いですね。あなたにはこれから、いくつか試験を受けて頂きたい」


 嫌だなんて言える筈もなく、私はこくりと頷いた。


 それから数日間私は王城に泊まり込み、ひたすら魔法を使い続けていた。スレン様は試験と言っていたけれど、どちらかというと実験に近い。


 どの程度の怪我なら治せるのか、どれくらいのスピードなのか、なんてことを調べられ続けていて。


 やはり私の能力は規格外のものらしく、周りにいた人々は何度も驚きの声を上げていた。ちなみに魔力量を測るためにギリギリまで魔力を使わされた日だけは、途中で走って逃げようかと思った。早急に測定機を開発して欲しい。


 宛てがわれた部屋は広くて綺麗で、食事も信じられない程美味しい。まるでホテル生活のように快適だった。


 ただ何よりも辛かったのは、ルークの元へと行けないことだった。その上、外部との連絡も取れない。今頃ルークは目覚めているかもしれないと、そんな期待を胸に毎日を過ごしていた。



 そして、五日目の夜。私はスレン様に呼び出され、初日と同じ部屋で同じように向かい合っていた。そして彼は何故か、開口一番に「おめでとうございます」と言ったのだ。


 なんの事だろうと首を傾げていると、スレン様はルークと同じ金色の瞳を柔らかく細め、微笑んだ。


「晴れて貴女の、王国魔術師の仲間入りが決まりました」

「……えっ」

「大変名誉なことですよ。共に頑張りましょうね」


 その言葉と雰囲気に、私に選択肢など無いことを悟る。


 王国魔術師は、常に両手で足りるほどしかいない。平民や貴族などの地位は関係なく、何らかの魔法を極めた人がなるもので。ルークのように騎士団で活躍している人もいるけれど、魔法使いとしては最高の役職だ。


 地位や名誉、そして富を得る代わりに、彼らは戦争や大規模災害など有事の際にも必ず駆り出される。危険も多い。とは言ってもこの国では戦争は数百年起きていない上に、私のような治癒魔法使いは比較的安全らしいけれど。


「……よろしく、お願いします」


 戸惑いながらもそう言った私に、彼は「期待していますよ」と笑顔を浮かべたのだった。




◇◇◇




 翌朝、私はようやく王城から出ることを許された。王城務めになっても、通える範囲であれば別の場所に住んでもいいらしく、安心した。ずっとあそこに居ては息が詰まる。


 勤務は1ヶ月後に行われる就任式の後からになるらしく、時間はまだあるようだった。未だに、実感は湧かない。


 けれど、この先ずっとこの世界で生きていきたいと思い始めた今となっては、王国魔術師として働くのは悪いことだけではない気がしていた。


 大好きなナサニエル病院での勤務も出来なくなる上に、私を超える光魔法使いが現れない限り、一生を通して王国魔術師として生きていかなければいけなくなる。それでも。


『王国魔術師としてしっかり働いていれば、男爵位くらいはいずれ与えられますよ』


 スレン様は、そう言っていたのだ。きっとそれはこの世界で生きていく上で、間違いなく大きなプラスになる。


 別に偉くなりたい訳ではない。けれどこの先もルークと一緒にいるのであれば、重要なことだった。この世界では貴族と平民の間にはかなりの差がある。私が平民のままでは、彼と生きていく上で不便なことも多々あるだろう。


 それに何より、ルークの命を助けることが出来たのだ。そう考えれば、多少自由がなくなろうと国に利用されようと、大したことではない。


 エリオット様には、別の形でしっかり恩返しをして行きたい。そう思いながら、私は王城を出たその足でナサニエル病院に向かったのだった。



 病院に着き中へ入ると、受付にいたダリアおばさんがすぐに声を掛けてくれた。


「サラちゃん、三日前にルーク様が目覚めたんだよ」

「本当ですか!?」


 私は彼女にお礼を言うと、急いでルークの病室へと向かった。ルークが目覚めてから、三日も経っていたなんて。


 そうして病室のドアを開けると、そこにはベッドから起き上がり、窓の外を眺めているルークの姿があった。


「ルーク、」

「……サラ?」


 思わず名前を呟けばルークはこちらを見て、驚いたようにその目を見開いた。ずっと閉じられていたその輝くような瞳と、やっと目が合う。それだけで、嬉しくて、愛しくて。


 私は思わず駆け寄ると、その胸に飛び込んだ。


「よかっ、た……!」


 大丈夫だとは聞いていたものの、こうして動いている彼を見ると、安心して涙が止まらない。ルークもまた、そんな私をきつく抱き締め返してくれた。


 やがてそっと離れると、顔を見合わせて笑って。いつものように、ベッドの傍の椅子に腰掛けた。


「エリオット院長から、全て聞きました。サラが助けてくれたんですね。本当に、ありがとうございました。俺の心配をして、あんな場所まで付いてきてくれていたなんて……」

「ううん、勝手なことしてごめんね」

「こうしてまたサラに会うことが出来て、幸せです。それにサラが無事でよかった」

「私も、ルークが無事でよかった」


「……本当に、サラには助けられてばかりだ」


 そう言ってルークは、目を伏せる。かなり気落ちしているようだった。元気を出して欲しくて、私もルークにたくさん助けられてるよとは言ったものの、彼は力ない笑顔を浮かべるだけだった。


「しばらく姿が見えなかったから、心配しましたよ」


 そうしているうちに病室へと入ってきたのは、エリオット様だった。朝から晩まで毎日来ていたのに、突然一週間弱も姿を見せなかったのだ。かなりの心配をかけたに違いない。


「すみません、ずっと王城にいまして」


 何気なくそう答えた瞬間、場の雰囲気が急に張り詰めた。まずい、と思った私は慌てて笑顔を浮かべる。


「サラ、まさか」

「私、王国魔術師になるんだって。すごいでしょ!」

「…………っ」


 なるべく明るい声で伝えたつもりだった、けれど。二人の表情はひどく暗いもので。


 エリオット様は予想していただろうけれど、ルークについてはかなりショックを受けているようだった。


「俺の、せいで……」

「ルークのせいじゃないよ、本当に嬉しいんだから!」


 そうは言ったものの、ルークはそれから私が病院を出るまでずっと、思い詰めたような表情を浮かべていた。




◇◇◇




 ルークの退院は、3日後だ。それを聞いた私は病院の帰り道に色々と考えた結果、とある作戦を開始することにした。


 名付けて、「完全な状態で告白しよう大作戦」だ。


 名前がそのままなのはさておき、先日ルークを失うと思った時の絶望感やリディア様との会話を経て、私はもう彼と離れたくない、ずっと一緒に居たいと強く思った。


 そして何より好きだと伝えたいと思った、けれど。


 今のように元の世界と宙ぶらりんのような状態で、好きだとかずっと一緒に居たいだとか言っても、いまいち説得力がないのではないかとも思った。


 だからこそ、私がこの世界に残るということを確定させてから、告白しようと考えたのだ。


 もちろん元の世界の家族も友人も恋しいし、何よりも大切で。それらを捨てるなんて決断は簡単にはできない。けれどルークとまた離れ離れになってしまったら、私は一生後悔するだろう。ただでさえ時間の流れが違うのだ、もしまた戻ってしまった後は、どうなっているかわからない。


 今のところ、元の世界に戻りそうな雰囲気はなかった。あの時計に触れさえしなければ、戻らなくて済むのではないかと私は睨んでいる。まずはあの時計を見つけ出さなければ。そして、間違って触れたり壊れたりしないように、封印的なものをする必要がある。話はそれからだ。


 そう思った私は、ルークに借りてあった鍵を持ち、以前住んでいたアパートへと向かったのだった。


 ……そしてこの作戦が裏目に出るなんて、この時のやる気満々な私は知る由もない。

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