知らない過去
あれから半日後、私はナサニエル病院内にあるルークの病室へと来ていた。かなりの被害は出たものの、ドラゴンの撃退には成功し、無事に戻って来ることができた。
ティンカはずっとルークに付き添ってくれていて、戻ってきた私の顔を見るなり涙を流し、抱きしめてくれた。今回、彼女には沢山の心配と迷惑をかけてしまった。今後しっかりと、恩返しをしていこうと思う。
そしてルークは、今も静かな寝息を立てて眠っている。
ルークのあの怪我は、部下達を庇った結果だったそうだ。彼が居なければ、何十人も命を落としていたと聞いた。
ティンカのお陰ですぐに病院へと運ばれ、様々な検査をしたけれど、彼の身体には何の異常もなかったらしい。安心すると同時に、自分の力が恐ろしくなった。あんな状態から完璧に元に戻るなど、人間の力を超えている気がする。
怪我は全て治っているものの、ルークがいつ目覚めるかはわからない。私が倒れた時には、三週間もずっと付き添ってくれたのだ。なるべくルークの傍に居たいと思っていた。
そんな私は現在も魔力は空っぽだけれど、帰りの馬車で休んでいる間に体力は少し回復した。ただひたすらに眠いだけで、何の問題も無さそうだ。
エリオット様には、ルークの検査結果を聞いた際に今回のことは全て報告していた。こっそりとティンカと討伐について行ったこと、ルークは間違いなく死んでしまうレベルの怪我をしていたこと、それを治せたこと。
彼は黙って私の話を聞いてくれた。
「サラはこの先、何が起きても後悔しませんか?」
「はい、絶対にしません」
エリオット様のその言葉の意味を、私は理解していた。
「それなら、何も言うことはありません。……自分の大切な人のために魔法を使えるのは、とても幸せなことですから」
てっきり怒られると思ったけれど、彼はそう言って困ったように微笑むだけで。
……エリオット様が過去に、大切な人を亡くしているという話は少しだけ聞いたことがあった。
詳しいことも、そう言った彼の気持ちも、私には分からない。けれど頭を撫でてくれるその手があまりにも優しくて、私はまた、泣いてしまったのだった。
◇◇◇
そうして、三日が経った頃。今日も朝からルークの病室にいると、静かな部屋にノック音が響いて。振り返れば、そこに居たのはリディア様だった。
彼女も私を見て驚いたような表情を浮かべたけれど、すぐに穏やかな笑顔を浮かべた。
「隣、座ってもいいかしら?」
「もちろん、どうぞ」
隣にあった椅子を勧めると、彼女はありがとうと微笑み腰掛けた。そんな仕草ひとつひとつも優雅で、やはり見とれてしまう。彼女は本当に、美しい人だった。
「サラさん、よね? 剣術大会の時に来ていた」
「はい。そうです」
彼女は手に持っていた美しいガーベラの花を、近くにあったテーブルに置いた。この広い病室は、騎士団の人達のお見舞いの品や沢山の花によって、花畑のようになっていた。
彼は大勢の人に、慕われているのだろう。
「あなたは、凄いのね」
「えっ?」
「今、お医者様に聞いてきたの。あれほど酷い怪我をしていたルーク様が、どこも悪いところがないなんて驚いたわ。あんなにすごい治癒魔法、初めて見た」
私は結局、何も出来なかったから。彼女はそう言って俯いてしまい、私は慌てて口を開いた。
「そんなことありません! リディア様が治癒魔法をかけ続けていなければ、ルークは命を落としていましたから」
「……ありがとう」
彼女はそれからしばらく、何も言わずにルークの顔を見つめていた。その瞳はとても優しくて、穏やかなものだった。
何故だかその姿を見ていると胸がずきりと痛んで、私はつい、顔を背けてしまう。
「魔法学院で出会った時からずっと、彼が好きだったの」
けれど、突然のそんなリディア様の告白に、私は思わず顔を上げた。
なぜ彼女が今ここで、私にそんなことを言うのか分からない。心臓が、大きな音を立てて鼓動し始める。
「だから両親の反対を押し切って騎士団に入って、彼の隊の専属のヒーラーになったわ」
「…………」
「それでも彼が私に興味がないことなんて、分かりきっていたのよ。あの人、わかりやすいもの」
……ルークがリディア様に、興味がない?
予想外のその言葉に驚きつつも、私は黙って彼女の話に耳を傾け続ける。彼女はどこか遠くを見つめるような目で、窓の外へと視線を向けていた。
「でも私はずるい人間だから、ルーク様にお願いをしたの。父に苦手な方と無理やり婚約をさせられそうだから、どうか一年間私と恋人になってくれませんか、ルーク様なら父も文句は言わないでしょうから、と」
「……え、」
「あなたのことが好きだから、ふりじゃなくて本当に恋人として過ごして欲しい、もし一年経って何も感じなければ振ってくれていい。……そんな無理な頼みも、ルーク様は優しいからわかったと言って、聞いてくれたわ」
勿論、婚約の話は本当よとリディア様は眉を下げて笑う。
「そのお陰で、無事に嫌だった婚約もなくなって、ルーク様とも仮とはいえ恋人になれて、私は幸せだった。付き合いが長いせいか、お互い気楽に過ごせていたとは思う。けれど一年経っても、彼が私を好きになることはなかった」
「…………」
「諦めきれなかった私は最後に、どうしたら好きになってくれるのかって、馬鹿な質問をしたの」
てっきり、二人は思い合った末に恋人になったのだと思っていた。だからこそ、あんなにも胸が痛んだのだ。
「そうしたら、無理だとはっきりと言われたわ」
「……えっ」
「ずっと忘れられない人がいて、彼女を超える人はこの先一生現れない。だから誰の気持ちにも応えられない、って」
彼女は、まっすぐに私を見つめた。
「それは、貴女のことだったのね」
その言葉に、私は声を出すことも出来なかった。彼女の美しい声が、ゆっくりと胸の中に溶けていく。
「ルーク様があなたに向ける表情で、すぐにわかったわ」
「……リディア、様」
「私とルーク様は、本当に何にもなかったの。ただ、他の人よりも一緒に過ごす時間が長かっただけ」
「…………っ」
「恋人だったという話はあなたの耳にいずれ入るだろうし、かと言って彼が本当のことを話すとは思えなかったから。貴女が少しでも嫌な思いをしては嫌だと思って、これだけは伝えておきたかった」
……彼女の言う通り、過去について聞いたところで、ルークは頼まれて付き合っていたなんて、リディア様の為にも絶対に言わなかっただろう。彼女がこうして話してくれなければ私はずっと、二人の過去を気にしてしまったと思う。
リディア様は、ルークのことを誰よりもわかっていた。そしてそれはずっと、側で彼を見てきたからで。彼女のルークへの想いが、苦しいくらいに伝わってくる。
だからこそ、この話を私に話すのはどれだけ辛いことだっただろうか。私なら、絶対にできない。彼女の優しさと強さに、目の前がぼやけていく。
「私はルーク様に十分良くしてもらったわ。だからこそ、彼には幸せになってもらいたいの」
そう言って、彼女は今にも泣き出しそうな顔で微笑んだ。
◇◇◇
それから一週間後、私は王城内に居た。騎士団の本拠地ではなく、本当に王城の建物内にいる。応接間のようなこの部屋は信じられないほど豪華で、かなり位の高い人が使うものだというのは、無知な私にもわかった。
その日の朝、いつも通りルークのお見舞いに行こうと家を出ると、豪華な馬車が屋敷の前に止まっていたのだ。見るからに偉そうな人に声をかけられ、あれよあれよという間に此処へと連れてこられてしまった。
けれど、驚きはしなかった。近いうちにこんな日が来ると思っていたからだ。
雲のような座り心地のソファに座り待っていると、やがてドアが開いた。そうして足音を響かせながら部屋に入ってきたのは、長いローブを身にまとった美しい男性で。
「初めまして、サラさん。私は王国魔術師長のスレンです」
この国の一番の魔術師である彼は、そう言って私に笑顔で右手を差し出したのだった。
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