後悔の先に


 テントを飛び出した後、必死に森の中を走ってルークを探した。人が多すぎてなかなか見つけられず、焦りが募る。位置がわかる魔道具も購入すべきだったと、ひどく後悔した。


 しばらく探し続けていると、数メートル先の開けた場所に座るリディア様と、その奥に倒れているルークが見えて。見つけられたことに安堵し、すぐに駆け寄った、けれど。その姿を見た瞬間、私は目の前が真っ暗になった。


 ルークの腹部には、あるはずのない大きな穴がぽっかりと開いていたのだ。地面には血溜まりが広がり、全身酷い傷だらけで。大怪我だとか、そんなレベルではなかった。


 こんなの、もう、


「ルーク……?」


 目の前の光景に理解が追いつかず、私はその場に立ち尽くしていた。彼の名前を呼んでみるけれど、返事が返ってくる事はない。私を追いかけて来ていたティンカも、そんなルークの姿を見た瞬間、その場にへたり込んだ。


「……どう、して」


 誰が見たってわかるその事実を、分かっていても認めたくなくて。何度も、彼の名前を呼ぶ。


 そんな私の目の前で、一人の騎士がリディア様の肩を思い切り掴んで、声を上げた。


「っリディア様、もうおやめ下さい! このままでは魔力切れを起こしてしまいます!」

「いや、いやよ……! 私がやめたら、ルーク様は……!」


 彼女のその言葉に、私ははっとして自分の手首を見る。


 ──まだ、


 しっかりしろと自分に言い聞かせると、すぐに彼に駆け寄って両手をかざす。そんな私を見て、美しい顔を涙でぐしゃぐしゃにしたリディア様は、その大きな目を見開いた。


「あなた、は……」

「後は任せてください」

「っ私現状維持しか、できなくて、」


「私が、絶対にルークを助けますから」


 私のその言葉に、リディア様の瞳からはポロポロと大粒の涙が溢れていく。その縋るような視線に、泣きたくなった。


 ルークは、まだ生きている。


 たとえ現状維持だったとしても、彼女がずっと治癒魔法を掛け続けていたお陰で、ルークはこんな状態でも命を落とさずに済んでいたのだ。普通なら、とっくに諦めていてもおかしくない状態だったと言うのに。


 もしも彼女が魔法を解いたならば、その瞬間にルークは間違いなく命を落としていただろう。私だけでは、間違いなく間に合わなかった。リディア様には感謝してもしきれない。


 あとは、私次第だ。


 治癒魔法を使いながら、どうか元通りになってくれと必死に祈った。暖かい光の中で、ほんの少しずつだけれど穴は塞がっていく。まだまだ先は長そうで、嫌な汗が背中を伝う。それでも、今の私なら出来る気がした。


 この傷はきっとドラゴンの爪に貫かれたのだろう。青白い傷だらけのルークの顔を見ているだけで、視界がぼやけた。どれだけ、痛かっただろう。苦しかっただろう。絶対に、目の前の彼を死なせたくなかった。


 私はまだ、ルークに好きだと伝えてもいないのだから。


 こんなにも損傷の酷い身体を治療するのは初めてで、身体にもかなりの負担がかかっているのがわかる。複数人に魔法をかけるものとはまた違った感覚で、かなりのスピードで魔力が減っていく。


 そんな私とルークの傷の様子を見比べると、リディア様はほっとしたように、ようやく自身の魔法を解いた。それと同時に、ふらりと彼女の身体が傾く。とうに限界など超えていたのかもしれない。すぐに彼女は、近くにいた騎士によって安全な場所へと運ばれていった。


「……っう、」

「っサラ!」


 それから、どれくらい経っただろうか。


 ルークの傷が完全に塞がったのを確認した瞬間、私はその場に倒れ込んだ。身体に力が入らないくらい体力の限界で、魔力も枯渇する一歩手前だった。


 地面に倒れ込んだまま手元を確認すれば、ブレスレットは割れておらず、光ってもいない。本当によかったと、心の底から安堵した。


 私は震える手を伸ばして、瞳を閉じたままのルークの頬にそっと触れる。その温かさに再び涙が溢れて、地面にぽたぽたと染みが出来ていった。


「サラ、大丈夫!? すぐに王城に、」

「ルークと、戻って、ほしい」

「そんな、サラは……!」

「私は疲れただけで、魔力切れも、起こしていないから、大丈夫……っここから離れたところで、終わるのを待って、絶対に帰る、から、おねがい……」


 瞳に涙を溜め駆け寄って来てくれたティンカに、ルークを連れて戻るよう頼んだ。息苦しくて、うまく話せない。


 見た目は治っているように見えるけれど、どこまで再生出来たのかはわからない。輸血などが必要な可能性もある。少しでも早く、ルークを病院へ連れて行きたかった。


 そんな私の気持ちが伝わったのか、ティンカはぐっと唇を噛むと、頷いてくれた。本当に、感謝してもしきれない。


「絶対に、戻ってきてね……!」


 その言葉に今度は私が頷くと、ティンカはルークの側で呪文を唱え始める。


 やがて二人の身体はまばゆい光に包まれ、消えていった。

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