帰るべき場所
アパートに着いた私は、真っ先に時計を探した。
そうして二時間ほど必死に探した末に、ようやくそれは見つかった。古びた小さな木箱の中に仕舞われていて、直接触れずに持ち運びできそうで安心する。誰がそうしてくれたのかはわからないけれど、とてもありがたかった。
間違って落としたりしないよう注意して、時計をテーブルに置いたあとは、荷造りを始めた。ルークがずっとこの部屋をを残してくれていたのは本当に嬉しかった。けれど、いつまでも借りておくわけにもいかない。
このアパートが無くなっても、帰る場所がある。そう思える今、この場所に未練はもうなかった。
要るものと要らないものを分けていくけれど、何一つ捨てられず困り果てていた。他の人から見ればガラクタでも、わたしからすればどれも宝物のように思えてしまうのだ。
「ふふ、こんなのもあったなあ」
懐かしいものばかりで、思わず笑みがこぼれる。
ルークが初めて私のために料理をしてくれた時のお皿や、「いつもありがとう」と真っ赤な顔で摘んできてくれた花で作った栞。ひとつひとつにルークとのかけがえのない思い出があって、胸の中が温かくなる。
そんな思い出の品たちを大切にしまいながら、私は改めて彼への想いを噛み締めていた。
◇◇◇
「……よし、こんなもんか」
結局、思ったよりも荷物の量は多くて、荷造りには二日もかかってしまった。運ぶのは使用人の人達も手伝ってくれたおかげで、無事に全て部屋に運び込むことができた。
とはいえ、部屋の中はだいぶ散らかってしまった。明日、ルークが帰ってくるまでに片付けなければ。あまりにも懐かしかったものは置いておいて、お酒を飲みながらあんなこともあったね、と話をするのもいいなあ、なんて思ったり。
ふと窓の外を見れば、いつの間にか空はオレンジ色に染まっていた。明日の昼にはルークが退院してくると思うと、緊張してきた。私は明日の夜、彼に告白するつもりなのだ。
「す、すきです! ……うーん、何か違うなあ」
けれど、告白の言葉というのがなかなか思いつかない。そもそも切り出すタイミングすら難しい。思い返せば、告白など人生で一度もした事がなかった。
……好きだと伝えたら、彼はどんな顔をするだろうか。
リディア様の話や今までの彼の態度から考えれば、喜んでくれるとは思うし!振られたりすることもないと思う、けれど。好きだと伝えることを想像しただけでも緊張し、私は吐きそうになっていた。
とりあえずベッドに腰かけると、再び木箱を手に取った。それを見つめながらどう封印しよう、埋めようかな、なんて考えていると、急に屋敷内が騒がしくなった。
何かあったのだろうかと考えているうちに、足音が近づいてきて、やがて、ノック音が部屋の中に響いた。
「はーい、どうぞ」
そう返事をするとすぐにドアが開いて。そこに立っていたのは、なんとルークその人だった。
今もまだ病院に居るはずの彼がいることに驚いて、持っていた時計を落としそうになった私は、死ぬほど冷や汗をかいた。落とした拍子に強制帰還なんて、笑えない。
「ルーク、どうしたの? 退院は明日のはずじゃ」
「もう身体は大丈夫そうですし、早くサラに会いたかったので、エリオット院長に早めてもらったんです」
「そうだったんだ! 退院おめでとう」
「はい、ありがとうございます」
そうして柔らかな笑顔を浮かべながら部屋の中へと帰ってきた彼は、不意に歩みを止めた。その視線は荷造りした荷物によって散らかっている、部屋の一角へと向けられている。
やがてその視線が私の手の中にあった木箱へとに移った瞬間、ルークはまるで時が止まったかのように、固まって。
その表情から、笑顔はもう消えていた。
「……なにを、していたんですか」
「ええと、これは、」
「答えてください」
「そ、それは、ちょっと……」
まさか告白の準備や練習をしていました、なんて言えるはずもなく、私は彼から視線を背け、口ごもってしまう。
その結果、ルークも私も無言になってしまった。あまりにも気まずい空気に、何か言わなければと思った私は、明日ルークに頼もうと思っていたことを思い出した。
「そ、そうだ! ルーク、あのアパートはもう解約して大丈夫だよ。長い間、本当にありがとう」
15年間も借りていたのだ、いくら安いアパートとは言えかなりの額だろう。今後は王国魔術師として働きしっかり稼いで、その分もルークに返していきたい。
そんなことを考えていたけれど、なかなか返事は帰ってこない。不安に思い、顔をあげて目の前のルークを見た瞬間、わたしは息を呑んだ。
「……ルーク?」
彼の瞳からは、一筋の涙が零れていた。
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