はじめての痛み


 ほとんど怪我人は出ないと聞いていたけれど、本当にびっくりするくらい暇だった。もはやお金を貰い特等席で大会を見せて貰っているだけで、申し訳なさすら感じている。


 ちなみに試合は手に汗握る熱い戦いばかりで、思わず見入ってしまっていた。師団長二人によるハイレベルな解説までついていて、まさに至れり尽くせりだ。


「騎士団の人って、本当にみんな強いんだね……! 優勝する人なんて、どれだけ強いんだろう」

「サラちゃん。俺だよ、去年優勝したの。すごい?」

「えっ、カーティスさんが? すごいです!」

「今年は必ず、俺が優勝します」

「お、言うねえルーク。今年も決勝まで残れよ」

「当たり前です」


 ルークがカーティスさんに掴みかかったと聞いて心配していたけれど、二人は思ったよりも普通で安心した。


 なんだか兄弟みたいで仲も良さそうだ。こんな美形な兄弟がいたら幸せだなあ……なんて考えていた私は、美形というワードでふと先程出会った女神のことを思い出していた。


「そう言えば、リディア様って本当に美人だね! 私、あんな綺麗な人生まれて初めて見た!」

「…………」

「……確かに、リディアちゃんは美人だね」


 興奮気味にこの話題を出した途端、なんとも言えない空気になってしまった。私は今、何か言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか。


「俺はサラちゃんの方が好みだな」

「またまた、流石にお世辞だってわかりますよ」

「サラが世界一です」

「ええっ」


 流石にあの女神のようなリディア様と私など、比べ物にもならない。月とすっぽんだ。皆気を遣ってくれているに違いないと、とても申し訳なくなった。


「ええと、騎士団の専属のヒーラーなんですよね?」

「リディアちゃんは第五師団の専属だよ」

「やっぱり! ルークが前に、会わなくていいって言ってた意味がわかったよ。あんな女神と私が友達だなんて、おこがましいもんね」

「サラ、そういう意味では、」


 ルークはひどく焦っていたけれど、これ以上気を遣わせたくなかった私は、ありがとうねとお礼を言い再び視線をステージへと戻したのだった。




◇◇◇




 休憩時間になり、私は救護室へと戻ると治療についての報告をした。結局、三人ほど軽い怪我を治しただけで、それすらも30秒で終わってしまった。


「そういや、サラちゃんはカーティス師団長とルーク師団長と待機していたって聞いたよ。すごいメンバーだね」

「なんだか成り行きで、そうなってしまいまして……」

「お二人とはどういう関係なんだ?」

「カーティスさんとは友達で、ルークとは幼馴染……? と言うか、なんと言うか……」


 すると椅子に座り書類に目を通していたはずのリディア様が、突然ぱっと顔を上げ、私を見た。


「ルーク様の、幼馴染なの?」

「ええと、子供の時からの知り合いです」

「そうなのね。羨ましいわ」


 彼女はそう言って、眉尻を下げ困ったように笑って。そんな表情もとても綺麗だった。


 それにしても、羨ましいだなんてまさか彼女は、ルークに好意を抱いているのだろうか。そんなことを考えながら、救護室を出て、一人廊下を歩いていた時だった。


「ていうか、あの女ヒーラーは何なの? カーティス様とルーク様と仲良いですー、って顔してたわよね」

「ね、リディア様の足元にも及ばないくせに」


 不意に聞こえてきたのは、間違いなく私の悪口だった。怖い。けれど確かに、あれほどのイケメン二人に挟まれているモブなど、そう思われても仕方ない。


 当たり前の反応すぎて、怒りすら湧かなかった。そもそもリディア様と私を比べるのが大間違いだ。


 とりあえず彼女たちが通り過ぎるのを待ってから、そっとテントに戻ろうとしていた、けれど。


「それにしても、どうしてルーク様とリディア様って別れちゃったんだろうね、お似合いだったのに」

「私も何回か街で見たけど、本当に素敵だったわ」


 ──ルークとリディア様が、付き合っていた?


 彼女達が通り過ぎた後も、私はしばらくその場から動けずにいた。心臓が、大きな音を立て早鐘を打っている。


 彼女達の話を聞く限り、ルークとリディア様は過去に恋人同士だったようで。彼女の話題を出す度に、ルークが気まずそうにしていたのも説明がつく。何よりもその組み合わせは美男美女すぎて、お似合いもいいところだった。


 なぜだか、胸の奥がじくじくと痛む。


『サラとは正反対ですし』


 以前彼に、そう言われたことをふと思い出す。どうやら私は、ルークの好きな女性のタイプとは、正反対もいい所らしい。ちくちくと、胸の痛みが増していく。サラが世界一、だなんて酷いお世辞だ。


 あれほどの女性と付き合っていたのなら、その辺の女性に興味が湧かないのも頷ける。心の奥で黒いもやが広がっていくのに気づかないふりをして、私は再び歩き出した。



「サラ、遅かったですね」

「……うん」

「何かありましたか?」


 戻ってきてすぐ、先に席に戻っていたルークに声をかけられた。つい元気の無い返事をしてしまった私を見て、彼は心配そうな表情を浮かべている。


 気が付けば至近距離で顔を覗き込まれていて、私は動揺してしまい、思い切り横に飛び退いた。その結果、カーティスさんの上に倒れ込む形になってしまう。


「ごめんなさい……!」

「ううん。ずっとこのままでも良いくらいだよ」

「な、何を言うんですか」


 そのまま私の身体に腕を回そうとする、彼の上から慌てて起き上がると、私は椅子に座り直した。ルークの視線を痛い程に感じるけれど、何故か彼の方を見ることができない。


「……俺、何かサラの気に触ることをしましたか?」

「してないよ」

「それなら、俺のことを見てください」

「なんで、見なきゃいけないの」

「…………っ」


 思ったよりも冷たくて低い声が出て、自分でも驚いてしまった。自分が何故、こんなにもイライラしてしまっているのかわからない。


 けれどルークは何も悪くないのだ。きつい言い方をしてしまったことを謝ろうと視線を向ければ、彼はひどく傷ついたような表情を浮かべていた。


 思い返せば今も昔も含め、私が彼にこんな態度をとってしまったのは、初めてだった。


「ルーク師団長、次が出番ですので待機お願いします」

「……わかっ、た」


 ルークはそのままふらふらと立ち上がり、テントを出ていってしまう。完全に謝るタイミングを逃してしまった。


「サラちゃん、何かあったの? あいつ死にかけてるけど」

「……わからない、んです」

「ふうん」


 私は先程のルークの表情を思い出し、罪悪感で押し潰されそうになっていた。私がルークを悲しませてどうするんだ、しっかりしなければと、自分の頬を叩く。


 とにかく、彼が試合を終えて戻ってきたらきちんと謝り、いつも通りにしようと反省したのだった。

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