動き出す


「…………ん、」

「目が覚めましたか?」


 目を擦りゆっくり瞼を開けると、そこには見慣れない景色が広がっていた。やがてぼんやりとしながら声がした方へと視線を移した私は、一瞬で眠気なんて吹き飛んだ。


「ひ、ひっ……な、なななんで……!」

「ぐっすり眠っていて、起こすのも可哀想だったので」

「そうじゃなくて、き、き、着替え……」

「ああ、これですか。もう仕事の支度をしないといけない時間ですから。サラも眠っていましたしいいかなと」


 そう、すぐ目の前でルークが着替えをしていたのだ。着替え途中のシャツからは、鍛え上げられた腹筋が見えている。


 ……そもそも、昨夜はこんな状況で眠れるはずなんてないと思っていたのに、いつの間にかぐっすりと眠ってしまっていたようで。涎を垂らしたり、白目を剥いたりしていなかっただろうかと、ひどく不安になる。


 それがやはり顔に出ていたのか、ルークは微笑んだ。


「とても可愛い寝顔でしたよ」

「み、見たの……?」

「はい。一時間くらい眺めてから、ベッドを出ました」

「えっ」

「いつまでも見ていられるくらい、可愛かったです。今日は早く行かなければいけないので、残念でしたが」


 そう言いながら、ルークは尚も着替えを続けている。私は慌てて布団をかぶり、とにかく終わるのを待った。


 そしてそれから数日、私がまともにルークの顔を見られなかったのは言うまでもない。




◇◇◇




 退院して1ヶ月が経ち、ようやく私はナサニエル病院での仕事を再開していた。エリオット様は気を遣ってくれていてるようで、比較的軽めな治療を回してくれていた。


 そうしているうちに、やはり自分の魔力量を把握出来ていることに気が付いた。ほんの少しの減りでも、なんとなくわかるのだ。それをエリオット様に話すと、彼は少し安心したように微笑んでいた。


「その感覚で残量が30パーセント程を下回った時には、絶対に魔法を使わないと約束してくれますか」

「はい、絶対に守ります! ごめんなさい!」

「それでは、いつも通りの仕事に戻りましょうか」


 そうして私は、以前と同量の仕事をするようになった。病院での仕事はやりがいもあるし、やはり人に感謝されるのは嬉しい。ここで働けて良かったと、改めて思った。



 そんなある日、仕事が休みの私は散歩がてら職場に、前日の忘れ物を取りに来ていた。すると何やら病院内がとても騒がしく、何かあったのかと近くにいた先輩に尋ねてみる。


「朝から急患が多い上に、今日は昼前から王城に一人貸し出す約束をしているから困ってるんだ。人が足りなくて」

「王城、ですか?」


 エリオット様もかなり忙しそうにしていて、私はタイミングを見計らって声をかけた。


「あの、エリオット様」

「サラ? 貴女は今日、休みのはずでは」

「はい。忘れ物を取りに来たんですけど、暇ですし魔力も満タンなので、王城には私が行ってきましょうか?」

「……正直、猫の手も借りたいくらいです。非常に有難い申し出ですが、今日王城で何が行われるかご存知ですか?」

「全く知らないです」


「年一回行われる、騎士団の剣術大会ですよ」




◇◇◇




「ナサニエル病院から来ました、サラと申します」

「ご苦労様です、あちらの控え室でお待ちください」


 あの後、改めてエリオット様に頼まれた私は、喜んで王城へとやって来ていた。騎士団の剣術大会と聞いて、私が行かないはずがない。ルークもそんなものがあるのなら教えてくれれば良かったのにと独り言ちながら、控え室へと向かう。


 今日の剣術大会は一般公開されているらしく、中は沢山の人で溢れていた。女性も多く、彼らの人気の程が窺える。


「失礼します」


 控え室の中に入ると、広い部屋には二人しか居ないようだった。すぐ近くに座っていた女性が振り返り、ぱっちりと目が合う。そこに居たのは、信じられないほどの美女だった。


 美しい長い金髪に、輝くような大きなアメジスト色の瞳。真っ白な雪のような肌に、形のいい赤い唇が映えている。


 まるで漫画やアニメに出てくるような、女神そのものだった。こんなにも綺麗な人を初めて見た私は思わずその場に立ち止まり、見惚れてしまう。


「あら、貴女がナサニエル病院からの方ね。よろしく」

「よ、よろしくお願いします……! サラです」

「騎士団でヒーラーをしている、リディアよ」


 女神は声まで美しかった。話し方や仕草など、全てに品がある。よろしくと柔らかく微笑まれて、心臓が跳ねた。同性だというのに恋に落ちてしまいそうだ。


「俺はアウカレス病院から来たケルビンだ。よろしくな」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「リディア様以外の女性のヒーラーは久しぶりに見たよ」

「確かに、男性が多いですよね」


 もう一人は、騎士団に混ざっていてもおかしくないくらいにがっしりとした体格の男性だった。彼が言う通り女性の治癒魔法師は少ないから、驚く気持ちもわかる。


 そしてケルビンさんは彼女のことをリディア様、と呼んでいて。彼女は貴族なのだろうとすぐにわかった。納得の雰囲気だった。お姫様にすら見える。


「一人は会場のテント内で待機、二人は救護室で待機と言われているんだが、どうしようか」

「あの、私が会場に行ってもいいですか?」

「俺は構わないよ。リディア様は?」

「私は救護室が良かったから、嬉しいわ」

「じゃあ、決まりだな」


 そうして、私は希望通り会場内のテント配置になった。これでルークが見られるかもしれないと思うと、胸が弾む。


「かなり昔に酷い怪我人が続出した年があって、今は三人もヒーラーが用意されているけれど、剣は本物を使わないし毎年ほとんど怪我人は出ないから、気楽にね」

「はい、ありがとうございます」


 リディア様は優しく声をかけてくれて、ファンになりそうだった。中身まで女神だった。


 それからは軽く説明を受けたものの、とにかく怪我した人がいたら治すというだけで、難しいことはなさそうだった。やがて私は二人と別れ、そのまま会場へと移動した。



 会場はかなり広く、観客席もほとんど埋まっていた。すごい熱気で、仕事で来たとはいえワクワクしてしまう。


 そして実は移動中も今も、かなりの視線を感じていた。今日はナサニエル病院の代表として来ているため、白衣のような服を着ているせいだろうか。その上、珍しい女性ヒーラーだから目立っているのかもしれない。


 大きなテントの中に席を用意してもらったけれど、かなり見晴らしのいい特等席だった。椅子に腰掛けながらきょろきょろと辺りを眺めていると、カーティスさんがこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。


 これだけ人が居てもすぐに見つけてしまえるほど、彼は目立っていて。陽の光を受けてキラキラと輝く銀髪が、彼の美貌を更に引き立てている。やがて目が合い、軽く手を振ると彼は驚いた顔をしてすぐにテントへと駆け寄ってきた。


「サラちゃん? どうしてここに」

「病院から派遣されてきたんです」

「ああ、毎年ナサニエル病院から借りているんだったか」


 彼は私をじっと見ると、嬉しそうに目を細めた。


「その格好、よく似合ってる。可愛いね」

「あ、ありがとうございます」

「俺もサラちゃんと此処にいようっと」

「えっ」


 彼がすぐ近くにいた人に何かを耳打ちしたところ、すぐに椅子が出てきて私の隣に置かれた。さすが師団長だ。


 それからはカーティスさんがすぐ隣にいることで、余計に視線を集めてしまっているようだった。特に、女性からの刺さるような視線が痛い。


「あの、カーティスさんはまだ出ないんですか?」

「師団長はシード権があるから、出番はまだまだ先なんだ。特に俺は、最後の方まで出番はないよ」

「なるほど」


 ならばルークの出番もまだ先に違いない。それにしても人が多すぎて、彼の出番まではルークを見つけるのは難しいだろうなと、思っていた時だった。


 まさにルークその人が、このテントへとやって来たのだ。


「ルーク? どうしてここに」

「それはこちらのセリフです。カーティス師団長と女性ヒーラーが、仲良さげに一緒にいると聞いて来てみれば……今日は休みだったのでは?」

「病院に忘れ物を取りに行ったら人手が足りてなくて、急遽来ることになったの」

「今後、そういう時は門番にでも声をかけて、一番に俺を呼んでください。絶対にです」


 ルークはカーティスさんを一瞥すると、近くにあった椅子を彼とは反対側の私の隣に置き、そのまま腰掛けた。


「ル、ルーク?」

「俺もここに居ます」

「えっ」


 そう言ったルークを、誰も止める人はいなかった。師団長とはこんなに自由なものなのだろうか。今まで以上に、沢山の視線がこのテントに集まっていくのを感じる。


 こうして私は何故か、ルークとカーティスさんにぴったりと挟まれながら待機することになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る