願うのは
試合を終え、ふらふらとテントに戻ってきたルークは、この世の終わりのような顔をしていた。
私が少しきつく言ってしまっただけで、彼がここまでショックを受けるとは思わず、申し訳なさでいっぱいになる。
そんな状態でも、試合はあっさり勝っていたから流石だ。すぐに彼に駆け寄ると、その手を取った。
ルークの瞳が、不安げに揺れる。
「ルーク、本当にごめんね。なんだかイライラして、ルークに当たっちゃった。嫌な思いさせたよね」
「……俺のことが、嫌いになったわけでは」
「ないよ! そんなことあるはずない」
間髪入れずにそう答えれば、ルークはひどく安堵したような表情を浮かべ、私の手を握り返してくれた。
「それなら、よかったです」
「本当にごめんね」
「俺は、サラに嫌われたら生きていけないですから」
「…………っ」
そう言って微笑むルークに、心臓がまた跳ねた。最近の私は、なんだか変だ。ルークの一挙手一投足に、過剰に反応してしまっている気がする。
「サラ?」
「ううん、なんでもないよ。ルークはやっぱり強いね! このまま優勝目指して頑張って」
「はい、もちろんです」
「サラちゃん、俺も応援して欲しいな」
「あっ、もちろんカーティスさんも応援していますよ!」
カーティスさんは眩しいくらいの笑みを浮かべると「ねえ、サラちゃん」と私の名を呼んだ。
「もし俺が優勝したら、デートしてよ」
「……デ……?」
「カーティス師団長、やめてください」
突然のデートという単語に戸惑っていると、私とカーティスさんの間にルークがずいと割り込んだ。
「俺はサラちゃんに聞いてるんだけど?」
「サラもこんな話、」
「わかりました」
「サラ!」
先程ルークとリディア様の話を聞いて、思ったのだ。私ももう少し、男性と交流を持ってもいいのかもしれないと。
この世界の女性の結婚適齢期は20歳くらいだ。23歳の私は、既に結婚していてもおかしくない年齢だった。もしこのまま元の世界に戻れなければ、あっという間に行き遅れになってしまう。
ルークだってまた誰かを好きになり、いつかは結婚だってするはずだ。いつまでも彼に甘えているわけにはいかない。
「ルークも嫌なら、俺に勝てばいいだけだよ」
「……俺が優勝したらサラはお願い、聞いてくれますか?」
「えっ? いや、それは」
「カーティス師団長は良くて、俺は駄目なんですか」
「そ、そんなことはない、けど……」
「では、いいんですね」
「うん……?」
そんなルークの有無を言わさない笑顔に、私は思わず頷いてしまったのだった。
「お疲れ様でした、今日はありがとうございました」
「こちらこそ。もうこのまま帰ってもらって大丈夫よ」
「何もしてなくて、なんだか申し訳ないです」
「毎年こんな感じだから気にしないで」
無事大会も終わり、私は救護室で報告を済ませ、帰る支度をしていた。今日一日、試合を間近で見させてもらっただけなのに、先程頂いたお給料はかなりの額で驚いた。
「それにしても、ルーク師団長すごかったなあ。男の俺でも見とれちまったよ」
「本当に、凄かったですね」
あの後、決勝に残ったのはカーティスさんとルークで、それは去年と同じらしかった。けれど、違ったのはルークの強さだ。去年とはあまりにも動きが違ったらしい。
カーティスさんは間違いなく強かった。けれどルークがその遥か上を行っていたのは、素人目でもわかった。ルークの強さは、あまりにも圧倒的だった。
決勝戦の後はそのまま表彰式で、二人とはあれから会えていない。とりあえず家へと帰ろうかと思っていると、噂をすれば何とやらで、ルークその人が救護室へとやってきた。
「よかった、まだ帰っていなかったんですね」
「どうしたの?」
「何か食べて帰りませんか? もう仕事は終わりでしょう」
「うん、大丈夫だよ」
荷物を急いでカバンに詰め、彼の元へと駆け寄る。そうして部屋を出る瞬間、リディア様がじっとこちらを見ていることに気がついた。
そしてその視線は、まっすぐルークへと向けられていて。
その瞳は、鈍感だとよく言われる私でもはっきりと分かるくらいに、恋する女性のものだった。
◇◇◇
美味しい食事とお酒を頂き、ほろ酔いの私は幸せな気分でルークの隣に座り、帰りの馬車に揺られていた。
今日はお給料をその場でもらったから、優勝祝いに奢ると言ったのだけれど、結局知らない間にルークが会計を済ませてくれていた。悔しい。
「それにしても今日のルーク、本当にすごかったよ。一番かっこよかった!」
「ありがとうございます、頑張った甲斐がありました」
「あんなに強いなら、毎年優勝しててもおかしくないのに。いつもはやる気なかったの?」
「やる気が無かったわけではないんですが、絶対に負けたくないという気持ちで出場したのは初めてでした」
ルークは長い足を組み直すと、視線を窓の外へと移す。そんな仕草一つ一つも綺麗で、見とれてしまう。
……こんなにも綺麗で、強くて。もしも普通に出会っていたならば、一生会話することもなかっただろう。本来、わたしなんかが手の届くはずのない人だった。
「優勝すれば今日の表彰式とは別に、国王による表彰など面倒なことが多いですし。俺は名誉とか地位にはあまり興味はないので」
「じゃあ、なんで今年は頑張ったの?」
「サラが見ている前で、負けられるわけがないでしょう」
「……そんなこと言うの、ずるい」
それでも、彼はこうして私を特別に思ってくれている。これはとても幸せなことなのだと、改めて思った。
「頑張って優勝したので、お願いを聞いてくれますか」
「ルークのお願いを聞くのは二回目だね」
「俺はサラのお願いなら、いつでも何でも聞きますよ」
「……ルークは本当に何でもしそうだから怖い」
たとえ私がルークの全財産が欲しいと言っても、笑顔で「わかりました、すぐに用意しますね」なんて言いそうだ。
「今日のルークは本当にすごかったもん、何でも任せて」
「ありがとうございます」
「で、なにがいいの?」
前回のお願いも、一緒に寝ること以外は非常に可愛いものだった。今回はどんなお願いなのだろうかと、笑顔で彼の次の言葉を待つ。
するとルークは、人差し指で自分の頬をつついた。
「…………?」
その仕草の意味が全くわからず、首を傾げる。
そんな私に向かって、ルークは花が咲くような笑顔を浮かべると、恥ずかしげもなく言ってのけた。
「キス、してくれませんか?」
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