君のように
あれから一週間後、私は無事退院することになった。体調は良くなったものの、しばらく魔法は使わない方がいいということで仕事は休みになってしまった。日常生活でも絶対に魔法は使うなと、エリオット様に何度も念を押された。
ルークは謹慎が解け、今まで通り仕事に行っている。退院後のお礼についてはまだ悩んでいるそうだ。私には大したことは出来ないのだから、そんなに難しく考えないで欲しい。なんだかハードルが上がっていそうで怖い。
暇な日常へと戻ってしまった私は、ひたすらルークのお屋敷でダラダラと過ごしていた。エリオット様にはしばらく魔法に関する本を読むことすら禁止されており、余計に暇だった。完全に信用を失っている。
退院してから5日が経った、そんなある日のことだった。ルークは仕事から帰ってくると、私に一通の手紙を渡してくれた。差出人には、ティンカの名前が書いてある。
「サラの家がわからないから、渡して欲しいと頼まれたんです。ここに居ることは言っていないんですか?」
「うん、一応ね。ルークの評判に関わるし」
「俺としては、言いふらして欲しいんですけどね」
「えっ?」
そんなことを言うと、ルークは着替えのために自室へと向かった。色々考えた結果、女性を住まわせていると広まるのは、年頃の彼にとって良くないと思ったのだ。今後結婚などに影響が出るかもしれない。以前浮かれて忘れ物を届けに行ってしまったから、今更感はあるけれど。
そのまま広間で手紙を開くと、そこには明後日の夜に食事に行かないかというお誘いが可愛らしい字で綴られていた。暇を極めていた私にとっては、とても嬉しい誘いで。
「明後日の夜、ティンカとご飯食べに行ってくるね」
「……わかりました、あまり遅くならないように」
「うん! ありがとう」
着替えて戻ってきたルークにそう言うと、私はすぐに了承の返事を書いたのだった。
そして二日後、ティンカが予約してくれていたのは高級なレストランだった。まだ給料は入っていなかったため、ルークに多すぎるお小遣いを貰っておいてよかったと安堵した。
お洒落な個室へと案内された私は、そこにいた人の顔を見て、少しだけ驚いた。
「こんばんは、カーティスさんも一緒だったんですね」
そう、ティンカだけではなくカーティスさんも居たのだ。彼に会うのはあの遠征以来で、元気そうで良かった。
「急にごめんね。サラちゃんと食事に行くと聞いて、一緒に行きたいとティンカに頼んだんだ。邪魔じゃなかった?」
「そうだったんですね。邪魔なんかじゃないですよ」
私がそう言うと、彼はほっとしたように微笑んだ。ルークとはまた違った路線の、イケメンスマイルが眩しい。
「……サラちゃん、この度は本当にすまなかった」
そして突然、カーティスさんは立ち上がると私に向かって深々と頭を下げた。慌てて顔をあげてくださいと頼んだものの、彼は動かない。
「むしろ、ルークが失礼をしてすみません」
「ルークも怒って当然だ。俺が悪い」
「無事だったんですから、もう気にしないでください」
そう言えば、彼はようやく顔を上げてくれた。
「そして、本当にありがとう。君がいなければ、間違いなく俺達は全滅していた。サラちゃんは命の恩人だよ」
「いえ、お力になれて良かったです」
「お詫びとお礼と言ってはなんだけど、俺のできることなら何でもするから、言って欲しい。欲しいものがあるなら全力で用意する」
カーティスさんは、かなり思い詰めているようで。あれから、彼はどれだけ自分を責めたのだろうか。
いつまでも気にされるのも嫌で、思い切りお言葉に甘えようと思った私は、テーブルの上にあったメニューを開いた。
「あの、この一番高い幻のステーキ、頼んでいいですか」
「えっ? いい、けど」
「それに、このものすごく高いワインも」
「もちろん、構わない」
「じゃあ、お礼はこの二つでお願いします」
「……そんなことで、いいの?」
カーティスさんは何故か、ひどく驚いていた。庶民の私としては、このお値段にも十分驚いている。けれど彼からすれば、大したことではなかったらしい。さすが貴族だ。
「こんないいワイン、下手したら死ぬまで飲めないですよ。食後にはアイスも食べちゃいますからね」
「いくらでも食べてほしい。……ありがとう、サラちゃん」
少し肩の力が抜けたように微笑む彼を見て、ほっとする。それからは二時間ほど三人で楽しく食事をしたけれど、お肉もお酒も信じられないほど美味しかった。ティンカもこんな美味しいものは初めてだと、喜んでいた。
ちなみに、私の力についてはカーティスさんが全ての団員にしっかり口止めをしてくれたらしい。皆、命の恩人の為だと言って、絶対に他言しないと誓ってくれたようだった。
もちろん、それも全てエリオット様の指示で。私は一生、彼の家に足を向けては寝られないと思った。
カーティスさんが会計を済ませてくれた後は、ティンカが馬車を手配してくると言って先に店を出た。私は今、店の前のベンチでカーティスさんと並んで座り、待っている。
結局あの高級ワインを二本も頂いてしまい、私はほろ酔いでご機嫌だった。風が気持ちいい。
「本当にご馳走様でした、美味しかったです」
「こちらこそ、今日はありがとう」
同じくらい飲んでいたはずなのに、彼は全く酔っている気配がない。絹のような銀色の髪が、夜風に揺れている。店の前を歩いていく女性達は皆、彼に見とれていた。
「ねえ、サラちゃん」
「なんですか?」
「良かったら、また一緒に食事に行ってくれないかな」
「はい、もちろん。カーティスさん良い人ですし」
「そんなことないよ」
眉尻を下げ困ったように微笑むと、彼はじっとわたしを見つめた。
「ねえ、今度は二人だけでも行ってくれる?」
「えっ? 大丈夫、ですけど」
「ありがとう、近いうちにまた誘うね」
すると彼はあまりにも嬉しそうに笑うから、その眩しさにくらりとしてしまった。眩しすぎて目に悪そうだ。
そんな話をしているうちに馬車がやってきて、私はお先に乗せてもらい、ご機嫌のまま帰路に就いたのだった。
◇◇◇
俺は、彼女の言うような『良い人』ではない。
彼女が子供の怪我を治しているのを見た時、騎士団でも上手くやれると思った反面、使いやすそうだとも思った。だからすぐに声をかけた。
友達になろうと言ったのも、ティンカを紹介すると言ったのも、彼女を囲いこんでうちの隊の物にしたかったからだ。
……俺は貴族社会の打算的な考えが嫌で、両親の反対を押し切って騎士団に入った。それなのに、幼い頃から染み付いた考え方のせいで自分がしていることは結局、彼らと変わらない。そんな自分が、大嫌いだった。
けれど、そんなことを考えていた自分が恥ずかしくなるくらいに、サラという少女は真っ直ぐで、良い子だった。
遠征先で第三師団が壊滅しかけた時も、彼女はそのまま脱出することもできたのに、命懸けで俺たちを救ってくれた。信じられないレベルの治癒魔法を使っている彼女は、まるで女神のように見えた。
その後魔力切れを起こし、倒れていく彼女に駆け寄る途中で、目が合った。その瞬間、かなりの痛みや苦しみの最中にいたであろう彼女は、俺の顔を見てへらりと笑ったのだ。まるで良かった、とでも言いたげな顔で。
その一瞬で、全て持っていかれた。
きっと俺はずっと、彼女のような人間になりたかったんだと思う。損得を考えずに好きなように生きてみたかった。誰かのために、一生懸命になってみたかった。
今日だって、どんな宝石でも何でも用意するつもりだったのに、彼女が求めたのは食事と酒だけで。それを美味しそうに食べる姿を見て、むしろ俺が幸せな気分になってしまっていった。彼女といると、不思議と穏やかな気持ちになる。
ふと、王城で彼女に会った後のことを思い出す。ルークに腕を引かれて歩いていく彼女の後ろ姿を見ながら、ティンカが言ったのだ。
『あの子、いい子そうでしたね。絶対に手を出さないでくださいよ、ルーク師団長も怖いですし』
『俺が誰にでも手を出すみたいな言い方やめてよ。それに俺は、もっと物分りの良さそうな大人の女性が好きだな』
『とか言って、本当はサラちゃんみたいな子に本気になるのが怖いだけだったりして』
『そんなこと、絶対に有り得ないと思うよ』
……今はそれが少しだけ怖いと言ったら、ティンカはどんな顔をするだろうか。
そんなことを考えながら、俺は彼女が乗った馬車が見えなくなるまで見つめていたのだった。
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