怒りの矛先
「っサラ、本当によかった……!」
翌日。私が目を覚ましたという知らせを聞いたらしく、ティンカはすぐにお見舞いに来てくれて。彼女は私の顔を見るなり涙を流し、きつく抱きしめてくれた。
ルークも朝から病院に来てくれていたけれど、ティンカが来ると気を利かせてくれたのか、そっと部屋を出て行った。
ちなみに昨日、魔力供給についてのお礼を言ったところ、大したことでもなかったかのように「当たり前の事です」と彼は微笑んでくれた。そんな姿に、不覚にもときめいてしまった私がいる。退院したら何か、お礼をしなければ。
「サラのお陰で、みんな無事だったんだよ。本当に、本当にありがとう……! あの時のサラ、神様みたいだった」
「こちらこそ、倒れた私をティンカがすぐに運んでくれたんでしょう? 本当にありがとう」
「そんなの当たり前だよ……!」
ティンカの転移魔法がなければ、処置が遅れ、危なかったに違いない。私の内臓は負荷がかかりすぎたせいで損傷が酷く、ボロボロだったとエリオット様は怒っていた。吐血したのも頷ける。だからこそ彼女は、私の恩人でもあった。
「具合はどう?」
「今は普通に元気だよ。問題もないみたいだから、わりとすぐに退院出来ると思う」
目が覚めた時には頭痛はあったものの、今は体調も良い。そして一度空っぽになった感覚があったせいか、魔力がどの程度あるか、なんとなくわかるようになっていた。ちなみに三週間も寝ていたせいで、今は満タンだ。
私の言葉にティンカはほっとした表情を浮かべると、彼女はベッドの横にあった椅子に腰かけた。
お見舞いに有名店のプリンを買ってきてくれたらしく、病院食しか食べていなかった私はすぐにご馳走になることにした。一口食べただけで、美味しくて涙が出そうだ。
「カーティスさんも、大丈夫だった?」
「うん。本当は一番サラのお見舞いに来たがっていたんだけど、ルーク師団長が居ない時に来るって」
「どうしてルークが居ない時なの?」
「……もしかしてサラ、聞いてない?」
何故かティンカは、とても気まずそうな表情を浮かべた。遠征へ向かう馬車の中では、二人は仲が良いと言っていたから、尚更不思議に思えてしまう。
「……サラが倒れたあと、ルーク師団長が第三師団に乗り込んで来て、カーティス師団長に掴みかかったんだよ」
「えっ」
「サラがあんな風になったのはお前のせいだって言って、あんなに怒ってるルーク師団長は初めて見た。カーティス師団長も全く抵抗しないし、その辺にいた隊員じゃ止められないしで大変だったんだから」
予想もしていなかった話に私は驚きを隠せず、思わずスプーンも落としてしまった。
「騎士団は厳しくて、団員同士の揉め事はご法度なんだ。ルーク師団長じゃなかったら、今頃クビだと思う」
「そんな……」
「確か今は1ヶ月の謹慎中だよ。あれから騎士団ではこの話題でもちきりなの。ルーク師団長は冷静で有名だったし」
そう言われて初めて、目が覚めてから自分の頭はまともに機能していなかったことに気が付いた。この三週間、ルークは朝から晩まで病院で付き添ってくれていたとエリオット様は言っていた。普通に考えれば仕事は、となるはずなのだ。
それに、カーティスさんは悪くない。むしろ私を庇って、逃がしてくれようとした。その上で私が勝手に、自分の判断であんな形で治癒魔法を使い、倒れたのだから。
「ルーク師団長も来週から復帰だろうし、それ以降にカーティス師団長とお見舞いにくるよ。その頃にサラが退院してたら、家までお見舞いに行くし。本当は第三師団のみんなも来たがってたけど、一斉に来ても迷惑だしね」
「う、うん。ありがとう」
家までお見舞いに行くと言われたものの、今の話の流れではとても、ルークの家に住んでいるとは言い出せない。
それから30分ほど話をし、ティンカはまた来ると言って病室を後にしたけれど。ルークとカーティスさんのことが気がかりで、後半の話はあまり頭に入ってこなかった。
◇◇◇
ティンカが帰るとすぐ、ルークは病室へと戻ってきた。その手には私の好きなジュースがあって、ありがたくそれを受け取ると、私はじっと彼を見た。
「ルーク、謹慎中なんだってね」
「はい」
そう尋ねれば、彼は笑顔のまま「はい」と答えた。これは間違いなく、全く反省も後悔もしていない顔だ。
「どうして、カーティスさんに掴みかかったりしたの?」
「サラに何かあったら許さないと、以前言いましたから」
「でも、カーティスさんが悪いわけじゃ、」
「悪いです」
ルークははっきりと、言い切った。
「今回の原因は間違いなく調査不足です。ジャイアントスネークは年に一回、それも冬の前にしか巣を変えない。数が少ないからと決めつけて、一体だけ確認して戻った第三師団の調査員の見落としでしょうね。そしてそれはカーティス師団長の責任です」
「…………」
「その尻拭いをしたサラが死にかけたんです。許せるはずがないでしょう」
……きっと、彼が言っていることは正しい。私の為に怒ってくれたことも嬉しかった。それでも、揉め事を起こすのはいけない。ルークには立場だってあるのだ。
「ごめんね、ルーク」
「サラ?」
「私のために怒ってくれてありがとう。それでも、ルークの立場が悪くなったり、人に悪く思われるのは嫌だよ。お願いだから、もうそんなことはしないで」
私がそう言うと、ルークは捨てられた子犬のような、しどくしょんぼりとした表情を浮かべた。なんだか、ものすごく悪いことをしてしまった気分だ。
「俺は、サラ以外にはどう思われてもいいんです」
「………うっ」
その上、そんなことを言われてしまい、私は思わず絆されそうになっていた。危ない。
「と、とにかく、もう揉め事はしないようにね! あと、ルークにはたくさんお世話になったから、退院したらお礼に何でもお願いを聞くから、考えておいてね」
「……何でも、ですか?」
そう言った彼はもう、悲しそうな顔などしていなかった。
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