優しさの果て
夢を、見ていた。
夢の中の私は小さなルークとベッドの中にいて、鼻と鼻がくっつきそうな距離で向かい合い、何かを話している。
「ギルバートさんの奥さん、綺麗だったね」
「はい、素敵でした」
「私もいつか、あんな結婚式したいなあ」
ああ、これはきっとギルバートさんの結婚式の日の話だ。
当時、私はモニカさんとルークと共に参列していた。こちらの世界の結婚式は初めてだったけれど、とても素敵な式でいたく感動したのを覚えている。
「……大人になったら、」
「うん?」
「俺が、サラに結婚式をさせてあげます」
「ええっ」
予想外のその申し出に、私は驚きを隠せない。
けれどあんな素敵な式を見た後だ、ルークくらいの年齢ならば影響されてしまうのも仕方ない。それに彼の周りには私とモニカさんくらいしか女性はいないのだから、私を相手に考えてしまっても、おかしくはないだろう。
「だめ、ですか?」
「だってルークが大人になる頃には、私はだいぶ年上だよ」
「サラなら、何歳でもかまいません」
「か、可愛い……! じゃあ、ルークが大人になった時にもそう思ってくれてたら、プロポーズしてね」
「プロポーズ?」
「うん。大きなダイヤのついた指輪を差し出して、結婚してくださいって王子様みたいに言うの」
「わかりました」
「ふふ、楽しみだなあ」
子供の頃の結婚しようなんて話は、そのうち忘れてしまうものだと思っていた。だからこそ、そんなベッタベタなことを言ってみたのだけれど。
そんな私のお願いを、彼はひどく真剣な顔で聞いていた。
◇◇◇
……頭が、割れそうなくらいに痛い。
目が覚めて一番に思ったのが、それだった。瞳を開けて何度か瞬きをしたあと、少しだけ視線をずらしてみれば、ルークの整いすぎた顔がすぐそこにあって。思わず息が止まる。
「っサラ、目が覚めたんですね……!」
ルークはまるで壊れ物を扱うような優しい手つきで、私の頬を撫でた。ふたつの金色の瞳は、今にも涙が零れてしまいそうなほど潤んでいる。
ずっと、付き添っていてくれたのだろうか。その顔はひどく疲れているようだった。どれだけ心配をかけてしまったのかと思うと、申し訳なさで胸が痛む。
「……ごめ、んね、」
なんだか久しぶりに声を発した気がする。掠れて、上手く声が出ない。そんな私の身体をゆっくりと起こすと、ルークは少しずつ水を飲ませてくれた。
周りを見る限りここはナサニエル病院で、私は魔力切れを起こして倒れたことをすぐに思い出していた。腕には沢山の管が繋がれていて、かなりの大事だったのが見て取れる。
「絶対にもう、こんなことはしないでください」
「うん」
「俺、本気で怒っていますから」
「本当にごめんね」
「……生きていてくれて、よかった」
今にも泣き出しそうな顔で微笑む彼の姿を見ていると、痛いくらいに胸が締め付けられた。
ルークの胸にこてんと頭を預けてみれば、少しだけ戸惑ったように小さく彼の身体が揺れた。けれどすぐに、控えめに腕が背中に回されて、抱きしめられる。そんなルークの体温に安堵し、涙が出た。
……本当に、本当に怖かった。
そしていつの間にか私は子供のように声を上げ、彼の腕の中で泣いていたのだった。
「こんなにも怒りを覚えたのは、何年ぶりでしょうかね」
「ご、ごめんなさい……」
やがて落ち着いた後、私の目が覚めたとルークが報告しに行ってくれて、すぐにエリオット様が病室へとやって来た。少し目の赤いルークは、顔を洗ってくると言って少し前に病室を出ている。
静かな病室の中、エリオット様と二人きり。彼は今までに見たことがないくらい、怒っていた。
「力をセーブするどころか人一倍、いえ人の十倍くらいの魔力量を使い切って運ばれてくるなんて思いもしませんでした。お陰で寿命が確実に縮まりました」
「すみませんでした……」
「本当に、死んでいてもおかしくなかったんですよ」
エリオット様は、本気で怒っていた。けれどそれは私を心配してくれていたからこそで、申し訳なくなる。
「あの、第三師団の方々はどうなったんですか……?」
「全員無事でした。貴方のお陰だと皆感謝していましたよ。あちらにあるのは全て、彼らから貴方宛の花や手紙です」
そう言ってエリオット様が示した先には、信じられないくらいの花束や手紙、果物などお見舞いの品があった。
全員助かったと聞いて安堵すると同時に、再び涙がこみ上げてくる。本当に、本当に良かった。
「本来なら、よくやったと褒めてあげたいんですよ。貴方は沢山の人々の命を救ったんですから」
「エリオット様……」
「けれど誰かを助ける為だとしても、自分の命を危険に晒すのは絶対に駄目です。自分を大切にしてください」
「……わかり、ました」
やがてエリオット様は柔らかい笑みを浮かべると、私の頭を優しく撫でてくれた。
「ルーク師団長に、感謝した方がいいですよ」
「……ルークに、ですか?」
「はい。彼があなたに魔力供給をしたんですから」
「えっ?」
「当初はカーティス師団長が名乗り出たんですが、ルーク師団長が絶対に自分がすると言って聞かないので、身内に近い彼に頼みました」
……先程ルークは、そんなこと一言も言っていなかった。
魔力供給とは、魔力切れを起こした患者に対して、命の危険がある時にのみ行われる治療だ。私も3年前、バイトをしに来ていた時に一度だけ見たことがある。特別な魔法を用いて、魔力を患者へと流し込むのだ。
魔力を提供する側は、地獄だ。魔法を使うのとは違い、無理やり身体から魔力を吸い出されるのには、かなりの苦痛を伴うという。勿論危険もあった。
当時は魔力切れを起こした奥さんのために、その旦那さんが魔力を提供していたのだけれど、断末魔のような叫び声をあげていて、怖くなった私はその場を離れた記憶がある。
「大の大人でも泣き叫ぶような苦痛の中で、彼は声一つ出さずに耐えていました」
「…………っ」
「同じ男として尊敬しましたよ」
どうして、と思わず声が漏れる。そんな私に、エリオット様は「あなたが大切なんでしょう」と微笑んだ。
……ルークは私に優しすぎる。優しすぎて、怖くなる。彼が居なければ駄目になってしまいそうで、怖かった。
「それに彼はこの三週間、毎日朝から晩まであなたに付き添っていたんですよ」
「さ、三週間?」
「はい、正確には今日で23日目でした」
意識を失ってからまだ数日程度だと思っていた私は、驚きのあまり言葉を失ったのだった。
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