代償
「っ嘘だろ、あの蛇が二体など聞いたこともないぞ!」
「急いで配置に、っぐあっ……!」
「動ける者は至急、前線へ行き食い止めろ!」
──何が、起きているのだろうか。
先程まで笑いあっていた人々は皆、この世の終わりのような表情を浮かべ、ボロボロの身体で駆けずり回っている。
そしてすぐ目の前には、傷一つないジャイアントスネークがいて。私は、生まれて初めて【死】を意識した。
「っ危ない!」
「…………え、」
その瞬間、私を庇うようにして目の前に立ち塞がったカーティスさんの身体が、視界から消えた。恐る恐る長い蛇の尾の先を視線で辿っていけば、離れた場所にある木に打ち付けられている彼の姿があって。
私はあまりの恐怖に腰が抜けて、その場にへなへなと座り込む。もう、頭の中は真っ白だった。
「っティンカ! サラちゃんを連れて早く戻れ!」
「……っわかりました」
ティンカは必死に叫ぶカーティスさんの声に頷くと、私の腕を掴み、呪文を唱え始めた。私を連れて、転移魔法で王城に戻ろうとしてくれているのだろう。
『過去には全滅した隊だってあります』
ふと、先日ルークが言っていた言葉を思い出す。何の戦闘経験も遠征経験もない私でも、分かってしまった。
この隊はもう、もたない。
万全の状態でようやく一体倒せたのだ、団員のほとんどが負傷し、疲労もしている状態でもう一体など倒せるわけがなかった。私が此処に残って一人ずつ治療したって、間に合わずに足手まといになるだけだろう。
私の隣で呪文を唱え続けるティンカの声はひどく震えていて、その瞳からは大粒の涙がとめどなく溢れ続けていた。
彼女にとって、皆大切な仲間なのだ。そんな彼らを置いて一人脱出するなど、身を裂かれるような思いに違いない。
『マイクさんの娘さんは、来月結婚するんでしたっけ』
『ああ、床屋の息子とするんだ。寂しいよ』
『僕は娘が生まれたばかりですけど、嫁に行くって考えただけでもう寝込みそうです』
……皆大事な人がいて、未来があるのに。さっきまで、笑顔で話していたのに。そんな目の前の人々が死んでしまうなんて、今日会ったばかりの私でも胸が張り裂けそうになる。
カーティスさんだって、私と友達になってくれると言ったのだ。さっきだって、身を挺して庇ってくれた。
「…………っ」
しっかりしろ、と震える手で自分の頬を叩き、小さく深呼吸をする。ふらつきながらもなんとか立ち上がると、私は手のひらを広げ、両腕をまっすぐに目の前に突き出した。
先日読んだ魔法書に、複数人に対して同時に治癒魔法をかけることは可能だと書いてあったのだ。ただしかなりの魔力を消費すること、危険が伴うことも。
多分、私が今からしようとしている事は自殺行為だ。
それでも少しでも皆が生き残る可能性があるのなら、やるべきだと思った。このまま皆を置いて転移魔法で王城に戻り助かったところで、私は間違いなく一生後悔する。
自分に出来ることは全て、やりたかった。
──イメージを、する。
どうかここに居る全ての人の怪我が、治るように。どうか、皆が大切な人の元へと帰れるように。
「……お願い……!」
手のひらが、光り出す。その光は段々と広がっていき、辺り一面があたたかな白い光に包まれていく。ジャイアントスネークもあまりの眩しさに怯み、動きが止まっていた。
魂まで持っていかれそうなくらいに、根こそぎ魔力を持っていかれる感覚がした。目眩や冷や汗が止まらない。必死に意識を保ち、ひたすら怪我を治すことを念じ続ける。
どれくらい、そうして居ただろうか。
「っ怪我が、治ってる……?」
やがてそんな声が至る所から聞こえてきて、成功したのだとひどく安堵した。どれだけの人に効いたのかはわからない。それでも、かなりの人の怪我を治せたようだった。
彼らは今が好機だとすぐさま体勢を立て直し、怯んでいるジャイアントスネークに向かっていく。間違いなく、先程よりは状況は好転していた。
そんな様子を見て、ほっとした瞬間だった。
「……げ、ほっ、……ごほ、っう、」
腹の底から込み上げてくるような何かに咳き込み、手で口元を覆う。未だに震えているその手を見れば、べったりと赤い液体がついていて。自分が吐血したのだと、理解した。
魔力切れ、だった。
あれだけの人数に向かって一気に治癒魔法を使ったのだ、当たり前だろう。こうなる事も予想出来ていた。
段々と視界がぼやけていき、意志とは関係なく涙がポロポロと零れてくる。息苦しくて、咳が止まらない。熱い何かが暴れ回っているような、激痛が全身に走った。身体の中から、何かに食い破られそうな感覚がする。
ああ、これは本当に、やばいやつだ。
ルークと、エリオット様にすごく怒られるだろうなあ、なんて働かない頭でぼんやりと考える。エリオット様は、あんなにも魔力切れだけは気をつけろと言っていたのに。
それでも、後悔はなかった。
「っサラちゃん!」
ぼんやりとした視界の中で、カーティスさんが慌てて駆け寄ってくるのが見える。先程私を庇って怪我をしたはずの彼も、無事だったようでほっとする。
「………、……、た、」
よかったと呟いたつもりが、口内に溜まった血がこぼれていくだけで、もう声はまともに出ない。
意識が無くなる寸前に頭の中に浮かんだのは、不安そうな表情を浮かべた、あの日のルークの姿だった。
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