それはまるで


「サラちゃんは他所の国から来たんだね。この国の人間じゃない雰囲気だと思ったんだ」

「やっぱり、そう見えますか?」


 あの後、カーティスさんと美味しいパスタセットを食べながら、のんびりとお喋りをした。彼は28歳らしく、魔法学院を卒業後そのまま騎士団に入ったそうだ。


 ちなみに、私実は異世界から来ました! なんて言えるはずもなく、他国から来たばかりだと話しておいた。


「それなら、知り合いも少ないんだ?」

「そうですね。友達もいないですし」

「本当に? それなら俺と友達になろうよ」

「カーティスさんと、ですか?」

「うん。俺、この辺は詳しいし何処でも案内してあげるよ」


 正直、女友達が欲しかったのだけれど、こんなイケメンがそう言ってくれているのだ。ありがたく友人になって頂くことにした。


 そして彼の言っていた転移魔法使いというのは、どうやら女の子らしい。きっと仲良くなれるから紹介すると、約束もしてくれた。カーティスさんはとてもいい人で、壺を売りつけるのではと考えてしまったことを悔やんだ。


 彼はいつの間にかお会計を済ませてくれていて、ご馳走にまでなってしまった。しっかりとお礼を言って、また今度と店の前で別れると、上機嫌なままの私は少しだけ街中を散歩し、ルークの家へと戻ったのだった。




◇◇◇




「どうしてそんな仕事を引き受けてきたんですか」

「ル、ルークの役にも立てるのかなと思って」


 そして、今。何故か私は広間にてルークの隣に座り、お説教をされている。


 騎士団の仕事を終えて帰ってきた彼に、ナサニエル病院で働くことを伝えたところまでは良かった。


 カーティスさんに声をかけられ、遠征のお手伝いをすることになったと言った瞬間、その場の空気が凍ったのだ。ルークが魔法を使ったのかと思ったくらいだ。


「カーティス師団長の隊と、俺の隊は別です。それに俺の隊には専属のヒーラーがいるので、サラと一緒になることはありません」

「ルークの隊のヒーラーって、どんな人なの?」

「……別に普通の、女性です」


 エリオット様の病院に居る治癒魔法使いは、今も昔も皆男性なのだ。女性には会ったことがなかった。


 そしてカーティスさんは師団長だったらしい。しかも伯爵家の末っ子なんだとか。私に気を遣わせまいと、黙ってくれていたのだろう。失礼な態度をとっていたのではないかと、私は今更不安になっていた。


「その女の人に今度、会ってみたいな」

「会わなくていいと思いますよ、サラとは正反対ですし」

「そうなの? 私、友達欲しいんだけどなあ」

「それなら、レイヴァンにでも頼んでおきます」


 ……なんとなく、だけど。ルークはその人と私を会わせたくないのではないか、そんな気がした。


「そんなことより、遠征に行くのはその一度きりにしてくださいね。絶対にその一度だけです」

「なんで? 怪我も絶対しないって言ってたし、危なくないならいいと思うんだけどなあ。お給料もいいし、人の為にもなるしいい事ずくめじゃない」

「この世の中に、絶対なんてものはありません。それにあんなむさ苦しい男だらけの中に行くのも問題なんです」

「むさ苦しい……? まあ確かに、皆が皆カーティスさんみたいに爽やかで、素敵なんてことはないか」


 私がそう言うと、ルークは何故か驚いたように目を見開いたあと、急に近づいてきて。私が思わず少し後ずさると、彼は更に距離を詰めてくる。


 そうしているうちに、私はバランスを崩し、背中からぼふりとソファに倒れ込んでしまう。気がつけばルークが真上にいて、ソファ上で俗に言う床ドン体勢になっていた。


 ルークの綺麗な顔が、すぐ目の前にある。


「あ、あの、ルーク?」

「カーティス師団長が、好みなんですか」

「えっ? それはもちろん、格好いいなとは思うけど」

「やはり遠征は断ってください」

「さっきは一度きりって」

「言いづらいのなら、俺から断っておきます」


 ……急にどうしたのだろうと思ったけれど、思い返せば彼は子供の頃にも、私が男性客に食事を誘われたと話せば、絶対に行かないでくれと怒ったことがあった。


 もしかしたら、ルークは私が取られるのではないかという不安を抱いているのかもしれない。私に恋人ができ、彼と過ごす時間が減ってしまうのを恐れているような気する。相変わらず、ルークは可愛い。


 それにしたって、カーティスさんのような貴族のハイスペックイケメンと、私なんかが釣り合うわけがないのに。


「ルーク、大丈夫だよ」

「何がです」

「私にとってはルークが一番だから。この先もずっと」

「…………っ」


 心の底から、そう思っている。いつか恋人が出来たとしても、私はルークを優先してしまう自信があった。


「……それは、本当ですか?」

「うん、本当だよ」


 するとルークは、突然私の頬に触れた。不思議に思って彼を見上げれば、金色の瞳が私をまっすぐに捉えていて。


 彼の表情は真剣そのもので、開きかけた口を思わず噤む。



「俺の一番もずっとサラです。それは昔も今も、この先も絶対に変わらない。一生、貴女だけです」



 それはまるで、愛の告白だった。


 私を見つめるその瞳は、溶け出しそうな程に熱を帯びている。そんな彼に思わずドキドキしてしまった私は、何を考えているんだと自分の頬を叩きたくなった。


 ルーク相手に、普通にときめいてしまったのだ。


 けれど、こんなイケメンに至近距離でこんなことを言われて、ときめかない女がいるのなら教えて欲しい。無理だ。


 ……きっとルークにとって、深い意味はない。


 それでも「一生、貴女だけです」という言葉には、泣きたいくらいに胸を打たれた。


 こんな甘いセリフを言われたことなど無い私は、恥ずかしさやら嬉しさやらで、今にもパンク寸前だった。


「……あ、わ、」

「サラ?」

「っ私、眠いの忘れてた!」


 そんな訳の分からないことを言うと、私は慌ててルークの腕から抜け出した。そしてそのまま、その場から逃げるようにして自室へと戻り、ベッドに勢いよく飛び込んだ。


 それからもずっと、なんだか落ち着かなかった私は、ひたすらにごろごろとベッドの上を転がり続けていた。


 ……ルークのあんな顔は、初めて見た。未だに、心臓が早鐘を打っている。


 しっかりしろと、自分に言い聞かせる。それでもこの胸の高鳴りが落ち着いたのは、それからかなり後のことだった。

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