やさしい魔法使い



「……あなたは、本当に私を驚かせるのが得意ですね」


 そう言って、エリオット様は困ったように微笑んだ。


 15年経ち、当時30代前半のイケメンだった彼はナイスミドルという感じになっていて、相変わらず素敵だった。


 今日はルークも朝早くから騎士団での仕事らしく、私は早速職探しの為に街へと繰り出した。紹介所も覗いて見たけれどあまり惹かれる仕事はなく、結局エリオット様のところを訪ねて今に至る。


 彼は突然現れたあの頃と変わらない姿の私に、普通に引いていた。間違いなく私でも引くし、化け物か何かだと思うに違いない。それでも仕事を探していると言えば、何も聞かず是非働いて欲しいと言ってくれた。


「ちょうど二人ほど辞めてしまって、困っていたんです。サラが働いてくれるなら、言葉通り百人力ですよ」

「ありがとうございます! よろしくお願いします」


 そうして来週から早速働くことになった。いくら魔力量の多い私でも、あまり治癒魔法を使いすぎるのは良くないらしい。様子を見ながら週4回ほど働くことになった。


 光魔法というのは、他の魔法に比べて消費魔力が多いという。私はまだ魔力切れを起こしたことはないけれど、かなり身体にダメージがあるらしく、絶対に気をつけなさいとエリオット様に念を押された。


 この世界にはゲームのように回復ポーションみたいなものはない。時間と共に回復するのを待つしかないのだ。


 そして少しずつ、自分の限界量を探っていこうと彼は微笑んでくれた。思えばなんとなくで使えていたから、魔法について学んだことは無かった。時間はあるのだ、きちんと勉強してみようと思った。




◇◇◇




 仕事も決まり、上機嫌な私は一人街中を散策することにした。ちなみに今朝出掛けると言ったところ、ルークから多すぎるお金を渡されてしまっていた。


「知らない人には絶対に、ついて行かないでくださいね」


 仕事に行く際、彼は心配そうにそう言った。まるで子供扱いだ。本当に気をつけて下さいねと、不安そうな顔で何度も言っていて、どうやら彼はかなりの心配性らしい。


 フルーツジュース片手にウインドウショッピングを楽しんでいた私は、一つだけ気が付いたことがあった。


 友人が、いないのだ。


 前回は半年もこの世界にいたのに、友人と呼べる人は一人も居なかった。元の世界に戻る時が来てしまったら寂しいけれど、やはり友人は欲しい。ルークにも女友達はいないようだし、どうしたら作れるだろうと悩んでいた時だった。


「うわああん、痛いよお」


 三歳くらいの男の子が、地面に座り込んでいて。その両膝からは血が出ていて痛々しかった。転んでしまったのだろう。そのすぐ側で、母親らしき女性がおろおろとしている。


「お姉ちゃんが治してあげる、もう大丈夫だよ」


 私はすぐに駆け寄り声をかけると、ちいさな膝に手をかざした。2秒程で傷はあっという間に消え、男の子は驚いた顔で私を見上げている。ちなみに、私自身も驚いていた。治癒のスピードが、以前よりも上がっている気がしたのだ。


「おねえちゃん、すごい……! ありがとう!」

「あの、本当にありがとうございました。あっお金、」

「お金なんていらないです。気をつけて歩くんだよ」


 慌ててお財布を取り出した女性を、慌てて止める。


 私からすればこれくらい大したことではないけれど、やはり治癒魔法というのは普通の人からすれば珍しく、高価なものなのだろう。


 なんだか気を遣わせるのも嫌で、バイバイと手を振ると、私はすぐにその場を離れ、近くにあったカフェに入った。ちょうどお腹もすいていたのだ。そしてメニューを見ながら、何を食べようかなと悩んでいた時だった。


「……ここ、座ってもいいかな?」


 そんな声に顔を上げると、爽やかな美青年がそこに居た。銀色の輝くような髪と、青空のように澄んだ水色の瞳がとても印象的だった。


 そんなイケメンが突然、店内にはたくさん席が空いているというのに、わざわざ私の向かいに座ろうとしているのだ。高価な壺でも買わされるのかもしれない。


「え、ええと」

「急にごめんね、怪しい者じゃないんだ。俺はカーティス、騎士団に所属している」


 彼のシャツの襟元には、ルークがしていたものと同じピンバッジがあった。騎士団の人が、私に一体何の用だろうか。


 身元もしっかりしていそうだし、いつまでも立たせているのも申し訳ないので、私はどうぞと席を勧めた。彼はありがとうと美しい笑みを浮かべ、椅子に腰を下ろした。


「ここのお店は初めて?」

「あ、はい。初めて来ました」

「ここはコーヒーと、このランチセットがオススメだよ」

「じゃあそれをひとつずつ」


 そう店員さんに頼むと、向かいの彼も同じものを、と頼んでいた。なんというか、すごく品がある人だと思った。纏う空気も柔らかくて、穏やかだ。


 騎士団というとなんとなくお堅い、ごつい男性のイメージがあったのだけれど、目の前の彼からはそんな感じは一切しない。それはルークもだけれど。


「名前、聞いてもいい?」

「あ、サラです」

「サラちゃんか。君、治癒魔法使えるんだね」

「はい」

「さっき道端で、男の子の怪我を治してるところを見たよ。治癒魔法は貴重だ。だからこそお高く止まっている魔法使いが多い中で、君のような人は初めて見たから驚いた」


 それは、昔あの街でお小遣い程度を貰って皆の怪我を治していた時にも、よく言われていたことだった。


「今、仕事は?」

「来週からナサニエル病院で働く予定です」

「ナサニエル病院か……ねえ、サラちゃん」

「はい?」

「騎士団でバイト、する気ない?」

「えっ」


 騎士団で、バイト。そんな突然の申し出に、私は驚きを隠せないままカーティスさんの整いすぎた顔を見上げた。


「俺たち騎士団の遠征には、治癒魔法使いヒーラーは必須なんだ。けれど、彼らは性格的に俺らと相性が悪くてね。すぐ辞めて行くから困ってるんだ」

「なるほど……」

「でも君となら、上手くやっていけそうだと思った。遠征は月に1度だから病院で働きながらも出来る。転移魔法が使える者と後方に居てもらうし、危ない目には遭わせないと約束する。この数十年間、ヒーラーが怪我をした例はない」


 彼は本当に困っているようだった。正直、月に1度だけなら、できないことはない。そしてヒーラーという響きはなんだか格好いい。ゲームのキャラクターみたいだ。


 魔獣と戦う場に行くのは少し怖い。けれど怪我をすることもないのならば、やってみてもいいかもしれない。それに、多少怪我をしたところで私は自分で治せるのだ。


「時々、ナサニエル病院からヒーラーを借りたりもしているから、そこの兼ね合いも大丈夫だと思う。どうかな?」


 騎士団の人々は、この世界に住む人々の平穏な暮らしの為に、日々命懸けで戦ってくれているのだと昔モニカさんが言っていた。そんな人達の助けになれるのは、嬉しい。


 それに、ルークの助けにもなれるのかもしれない。


「……まず一度だけ、行ってみてもいいですか?」

「もちろん! ありがとう、サラちゃん」


 エリオット様には彼の方から取り次いでくれるらしく、予定が決まり次第、連絡が来ることになった。

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