氷の騎士
再び王都へと戻ってきた私達は、馬車から降りて街中を歩き始めたのだけれど。
「もしかして、いつもこんな感じなの?」
「何がですか?」
「こんなに周りから見られてるのかな、と」
「まあ、そうですね」
ルークはすれ違う人全ての視線をかっさらっていた。その上「ルーク様だわ」なんて声も聞こえてきたりもする。まるで芸能人だ。私が思っていた以上に、ルークという人は有名なのかもしれない。
けれど当のルーク本人はさほど気にならないらしく、笑顔で私と手を繋ぎ歩き続けていた。間違いなく、これも注目されてしまう原因の一つだろう。
「ねえ、ルーク。手は繋がない方が、」
「サラは俺と手を繋ぐのは嫌ですか?」
「えっ? い、嫌ではないけど」
「なら良かったです。行きましょうか」
笑顔を浮かべると、ルークは再び歩き出す。私の右手は、彼の大きな左手に包まれたまま。
……思い返せばあの頃の私は働いてばかりで、こうして二人で一緒に街中を歩いたこともなかった。
隣にいるルークはとても楽しそうで、私もつられて笑顔になってしまう。再び戻って来れてよかったと思った。
◇◇◇
二人で美味しいランチを食べた後は、ルークの知り合いがやっているというお店に来ていた。
大きな建物の中には、ドレスなどの服から家具や雑貨、化粧品まで沢山のものが並んでいる。流行りのお店らしく、かなり混んでいた。
ルークはここのお得意様のようで、店員さんが荷物を持ち、常に後ろを歩いてくれているのだけれど。
「その茶碗と皿も二枚ずつ、あとグラスもそこからそこまでセットで。あの椅子も二つ色違いで頼む」
その買う内容も、新婚かと言いたくなるくらいにペアのものばかりだった。昨日見た限り、皿やグラスなんて要らない気がする。それに買う量も多い。
そろそろ止めようかと思っていた時だった。
「……なあ、俺夢でも見てる? ルークが笑顔で女と手を繋いで、デートしてるようにしか見えないんだけど」
突然、後ろからそんな声が聞こえてきて。すぐに振り返れば、王子様のような男性が立っていた。
「レイヴァン」
「よお、ルーク。昨夜いきなり女物の洋服を大量に持ってこいなんて言うから、何が起きたのかと思ったよ」
「ああ。急にすまなかった」
サラサラとした長めの金髪に、少し垂れた形のいいアメジストのような瞳。そんなイケメンの彼はどうやら、ルークの友人らしい。
やがてその視線は私へと移り、ぱちりと目が合った。そのまま顔を近づけてくるものだから、戸惑ってしまう。けれどすぐに、私の視界はルークの背中でいっぱいになった。
「あまりサラに近づくな」
「へえ、サラちゃんって言うんだ。可愛いね」
ルークの後ろから少しだけ顔を出すと、彼は微笑んだ。
「初めましてサラちゃん。俺はルークの親友のレイヴァン・トレス。この店をやってるんだ、よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「早速だけど、サラちゃんってルークの何なの?」
彼は子爵家の生まれらしく、貴族特有の育ちの良いオーラが出ていた。そんなレイヴァン様の質問の答えは、私自身が一番知りたかったくらいで。
ずっと、姉のようなものだと思っていた。けれど今はそんな感じではない。かと言って、友人という感じでもない。
わたしとルークの関係は一体、何なのだろう。
「か、家族……? ですかね」
「えっ、ルークお前妹なんていたの?」
いい答えが思い浮かばず、思わず家族だと答えると、レイヴァン様はひどく驚き私達を見比べた。
一応2歳しか変わらないというのに、ナチュラルに妹だと判断されてしまうのが悲しい。
「サラ、そう言ってくれるのは嬉しいですけど、俺達はまだ家族ではないですから。誤解を招きますよ」
「ご、ごめん。なんて言えばよかった?」
「恋人と言っておけば大体うまく行きます。オススメです」
「えっ、それこそ誤解では」
そんなやり取りをしていた私達を、レイヴァン様は信じられないものを見るような目で見つめている。
「サラちゃん、すごいね。学院時代からルークと仲良いけど、女性と話してるところすらほとんど見たことないのに」
「……そう、なんですか?」
もしかすると、ルークは女性が苦手なのかもしれない。
幼い頃、彼はお金持ちの女性に売られそうになったのだ。そのせいで苦手意識が芽生えたとしても、おかしくはない。
「……サラ、表情で何を考えているか大体わかりますが、別に女性が苦手な訳ではないですからね。興味が無いだけで」
「あ、そうなの? 良かった。興味がないって、今まで誰ともお付き合いしたこともないの?」
「……っそれは、」
そう尋ねると、ルークはかなり動揺した様子を見せた。戻ってきてから、こんな彼は初めて見た。とても怪しい。
けれどルークの気持ちはわかる。私も身内に恋バナなどしたくはない。今後あまりこういう話題は振らないよう、気をつけようと心の中で誓った。
「はははっ、あの氷の騎士がこんな顔をしているなんて知ったら、お前の同僚達は気絶するだろうな」
「氷の騎士?」
「あれ、サラちゃん知らない? ルークはそう呼ばれてるんだよ。 最年少で騎士団の師団長になった時から。氷魔法使いだし、本人の態度も氷のように冷たいし」
なんだかものすごく格好いい呼び名だ。この見た目で、氷の騎士。そんな彼がモテない訳がない。
けれどルークは、周りに冷たい人間だと思われているらしい。いつも笑顔で誰よりも優しいと言うのに。心外だ。
「そうだ。サラちゃん、今度三人で飲みに行こうよ。君が知らないルークの話、沢山してあげる」
「えっ、いいんですか?」
「レイヴァン、あまり余計なことを言うな」
「サラちゃんも聞きたいって顔してるけど」
「はい。ルークのこと、もっと知りたいです」
「……変な話だけはしないでくれ」
そんなルークを見て、レイヴァン様は声を立てて笑っている。二人は本当に仲が良さそうだ。
それから私は店内をゆっくり見てみたくて、一人で少し見てくると声をかけ、その場を離れた。ルークもレイヴァン様と話したいことだってあるだろう。
この世界の化粧品も、可愛いものが沢山あった。こちらに来た時に肩に下げていたカバンに化粧品は少し入っていたけれど、やはり足りない。けれど今までの経験上、ルークに頼んではいけないというのはわかっていた。どれだけの数を買ってくれるかわからない。
先程ドレスのコーナーも見たけれど、どれもかなりの値段で、昨日の総額を想像するだけで気絶しそうになった。
だからこそ私もすぐに働こうと、決意したのだった。
「サラちゃん、可愛いね。良い子って感じで好きだわ」
「サラに手を出したら、お前でも殺す」
「こっわ。お前、本当にあの子のこと好きなんだな」
「……もう、好きとか嫌いとか、そういう話じゃないんだ」
二人がそんな会話をしていたなんて、私は知らない。
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