大切な場所



「おはよう、ルーク」


 メイドさんに身支度をしてもらい食堂へ行くと、既にルークは新聞片手にコーヒーを飲んでいた。そんな絵になる姿を見るとまた、彼は大人になったんだなと実感する。


 ルークは私の姿を見ると、ほっとしたように微笑んだ。


「おはようございます、よく眠れましたか?」

「うん、おかげさまで。早起きなんだね」

「……そう、ですね」


 昨夜はルークと共に美味しいご飯を食べ、雲のような寝心地の大きなベッドでぐっすりと眠らせてもらった。


 ……彼は私が消えてしまうのではないかと不安で、ほとんど寝付けなかったなんて、知る由もなく。


 今朝も二人でホテルで出てくるような朝食を食べて、支度をすると馬車に乗り込んだ。行き先はモニカさんの家だ。


 今日は暗めのグリーンのふわっとしたドレスに、緩めのポニーテールのような髪型で、ドレスと同じ色の髪留めをつけてもらった。落ち着いた大人の女性という雰囲気だ。ルークも恥ずかしくなるほど、何度も褒めてくれた。


「モニカさん、食堂閉めちゃったんだね。またあのお店で働けたらと思ってたんだけど」

「仕事なんてしないでください」

「働かないと生活出来ないじゃない」

「俺が、全ての面倒を見ますから。サラはあの家で、俺を待っていてくれればいい」


 さらりとそんなことを言われたけれど、彼は私に対して恩義を感じすぎでは無いだろうか。


 こうして家に泊まらせてくれて、食事や服を用意してくれるだけでも十分だと言うのに。


「働かないなんて、駄目人間になっちゃうよ」

「俺はそうなればいいと思ってますよ」


 さわやかな笑顔でそう言われてしまい、このままでは本当に彼に甘やかされ、駄目になってしまいそうだと思った。


 幸い治癒魔法は使えるようだし、エリオット様のところでまた働かせてもらうのもいいかもしれない。



 やがて見慣れた建物が見えてきて、それだけで少し涙ぐんでしまう。私の、とても大切な場所だ。


 モニカさんの家の前に立つと、まずはルークが呼び鈴を鳴らした。すぐに彼女は出てきて、ルークの顔を見ると嬉しそうに微笑む。


「おや、ルーク。また来てくれたのかい。そちらは、」


 そう言ってモニカさんは私へと視線を移した瞬間、ひどく驚いたように目を見開いた。私はそんな彼女を見た途端、ぽろぽろと泣きだしてしまった。


「っモニカさん……!」

「サラちゃん? 本当にサラちゃんなのかい?」


 すぐに抱きしめてくれて、その温かさにまた涙が止まらない。そんな私を、ルークは優しい表情で見つめていた。


「……それにしても驚いたよ、何も変わってないんだから」

「私は逆に、ルークがこんなにも大きくなっていて驚きました。歳上になっていたんですから」


 家の中へと入り、三人でテーブルを囲む。


 モニカさんも15年経ったことで、その髪には白髪が増えていた。当時40代半ばだった彼女も60歳を過ぎ、身体のことを考えて去年店を畳んだらしい。それからは貯金や、ルークの仕送りで生活しているそうだ。


 ルークはまめにモニカさんの所に顔を出しているらしく、しっかり親孝行をしているようで嬉しくなる。


「ルークも男前になっただろう」

「はい、昔から綺麗な顔はしていましたけど」

「サラちゃんも良い人がいないならどうだい? こんな良い物件、他にないと思うよ。ねえルーク」

「モニカさんったら」


 冗談もいい所だと、ルークに救いを求めるように視線を向ければ、彼は何故かにっこりと微笑んだ。


「はい、可愛い孫を見せますよ」




◇◇◇




「もう、モニカさんもルークもわたしをからかって」

「サラのそういう所、嫌いじゃないですよ」

「そういうところ?」

「こちらの話です。ほら、そのままでしょう」


 モニカさんの家を出た後、すぐ隣の二人で住んでいたあのアパートへと来ていた。


 ルークの言う通り、本当に何もかもそのままで。とても懐かしくて、ついつい色々見てしまう。


「……あれ、」


 そうしているうちに、この家には今すぐ住めるくらいの生活用品があることに気がついた。石鹸だってなんだって、新品が揃えられている。


 あんな完璧なルークも、勘違いをすることがあるらしい。


「そろそろ、王都へ戻りますか?」

「うん、そうだね。……あ、」


 そしてふと、思い出した。前回元の世界に戻った時、私は腕時計に確か触れた。実はあれが原因だったのではないかとずっと考えていたのだ。


 最後に時計を触ったあたりを探してみたけれど、見当たらない。重要かもしれないアイテムが何処にあるか分からないとなると、なんだか落ち着かなかった。


「サラ? 何かお探しですか」

「うん、ピンクのベルトの腕時計とか見てないよね」

「記憶にありませんね。大切なものなんですか?」

「……うーん、そうかもしれない」


 どうやら彼も、知らないらしかった。


 今日はこの後、王都でランチをして買い物をする予定なのだ。また時間がある時にでも探しに来ようと決めて、私は彼の元へと戻ったのだった。

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