その感情の名は



 あの頃の俺にとって、サラは世界の全てだった。



 汚く目も当てられないような姿だった俺を拾い、助けてくれた彼女は、まるで女神のようで。


 サラはいつも俺の傍に居てくれた。そんな彼女のことが大好きだった。働いてばかりの彼女を見て、幼い無力な自分にいつも腹を立てていたのを覚えている。早く大きくなって彼女の力になりたいと、常に思っていた。


 そんな彼女は、いつも自分が消えた後の話をした。俺はその話を聞くのが何よりも嫌いだった。サラが居なくなるなんて、考えたくも無かったからだ。違う世界から来たのだと彼女は言っていたけれど、それもよく分からないまま。


「っごめんね、ルーク、大好きだよ、」


 そしてその時が来て初めて、彼女が言っていた言葉の意味を理解した。言葉通り、彼女はある日突然、俺の目の前から消えてしまったのだから。


 ひとしきり泣いたあと、サラから言われた通りモニカさんの所へ行った俺は、彼女がどれほど自分を想ってくれていたのかと言うことを知った。


 たった五ヶ月。そんな短い期間一緒にいただけの俺の為に、彼女はこの先の暮らしまで全て用意してくれていたのだ。どうしてそこまでしてくれるのか、わからなかった。


 彼女は12歳になったら魔法学院に行くようにと、その学費も全て用意してくれていた。


「きっとルークの魔法は、いつか大事な人ができた時に守れる力になるからと、サラちゃんは言っていたよ」


 そうモニカさんに言われて、涙が止まらなかった。


 ……貴女が、それを言うのかと。


 俺にとっては、サラが誰よりも大事な人だった。そんな彼女は、もういない。それでも、彼女の為に強くなろうと思った。彼女に恥じないような人間になろうと誓ったのだ。




◇◇◇




 12歳になった俺は魔法学院に入学した。サラが俺のために用意してくれたのだ、無駄になど出来る筈がなかった。


 誰よりも勉強した。魔法の才能があるらしく、それを伸ばすためにひたすら努力もした。サラは頭が良くて強い男が好きだと言っていたのを思い出せば、いくらでも頑張れた。


 いつの間にか背はかなり伸びていて、サラの身長もあっという間に追い越していた。俺は比較的綺麗な顔をしているらしく、いつしか周りには女が集まってくるようになった。


「ルークってさ、女に興味ねえの?」


 あまりにも興味を持たなすぎて、友人にすら心配されていた。それでも、本当にどうでもよかったのだ。俺の中にはいつもサラがいた。彼女以外に心が動くことはなかった。


 時間があれば毎日、サラと過ごした街へ足を運んだ。サラに、会いたかった。会えないとわかっていても、それだけは止められなかった。




 18歳になり、騎士団に入った。もっと強くなりたくて、ひたすらに戦い続けた。危険度が高いものも、報酬が良ければ何でも参加した。お金はあっても困らないと、いつもサラが言っていた。使わない金と、地位だけが残った。


「そろそろ、結婚は考えないのかい」


 20歳を過ぎた頃、モニカさんは俺にそう尋ねた。もう結婚していてもおかしくない年齢だったし、縁談も腐るほど来ていたからだ。結婚なんてする気にはなれなかったけれど、周りからの勧めもあり、女性と付き合ってみることにした。


 何人かとなんとなく付き合ってみたけれど、何も感じなかった。むしろ面倒で、苦痛だと感じることが多くて。一生独身かもしれないと伝えれば、モニカさんは「ルークの好きなようにしたらいい」と微笑んでいた。


 近所で友人の孫が産まれ、赤ん坊が本当に可愛かったと嬉しそうに話していたのを思い出して、胸が痛んだ。俺はきっと彼女に、孫を見せてあげられない。それ以外のことで、精一杯親孝行しなければと思った。




 25歳になった。今頃サラは35歳だ。結婚をして、子供もいるかもしれない。少しだけ寂しいけれど、彼女が幸せならいいと思えるようになっていた。


 サラは、俺の初恋だった。


 あれから15年も経っているのだ。彼女への想いにそんな名を付け、過去形に出来るようになった。それでも、彼女が俺にとって一番の存在であることに変わりはなかった。それはきっとこれから先も、ずっと変わらない。


 ……そう、思っていたのに。




◇◇◇




 彼女はあの日と変わらない姿で、俺の目の前に現れた。


 どうして此処にいるのだとか、何故倒れているのだろうかとか、色々気になることはあった、けれど。


「……もしかして、ルーク?」


 彼女に名前を呼ばれた瞬間、目の前の景色が一気に色付いた。子供みたいにすがり付いて、泣き出したくなった。


 毎日この街に来ていたのは、もう一度だけでいいからサラに会いたかったからだ。


 あの日俺を助けてくれてありがとうと、言いたかった。


 俺の人生は、貴女が居たからこんなにも充実したものになったのだと。貴女が居たから頑張れたのだと伝えたかった。


 貴女のお陰でこんなに立派になれたと、言いたかった。


 それだけ、だったのに。



 ──今この胸の中にあるものは、間違いなく恋情だった。


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