どうか、笑顔のまま


「サラ、着きました。お手をどうぞ」

「ありが、とう……?」


 馬車に揺られ、40分程経っただろうか。やがてルークにエスコートされて馬車を降りた私は、言葉を失った。そこにあったのは、驚くほど大きなお屋敷だったからだ。


「……これが、ルークの家」

「はい、そうです」

「こんな大きな家に、一人で住んでるの?」

「そうですよ、これからは二人ですけど」


 そう言うとルークは私の手を握ったまま、屋敷へと歩いていく。やがて現れた執事らしき人は、私達を見た瞬間、ひどく驚いた表情を浮かべた。


 突然家の主人が、見知らぬ変な服の女と手を繋いで帰ってきたのだ、驚く気持ちも分かる。


「ルーク様、お帰りなさいませ。そちらの方は……?」

「大切な客人だ、手厚くもてなすように」

「かしこまりました」


 そうして家の中に通されたけれど、建物の中もそれはそれは立派だった。昔一緒に住んでいたアパートの部屋が、何十個も入りそうな広さだ。ルークが貴族になったとは聞いていたけれど、なんだか不思議な気分だった。


 大きなリビングのような場所に、ルークと向かい合うようにして座る。メイドの女の子がすぐにお茶を出してくれた。


「ルーク、本当にすごいね。びっくりしちゃった」

「この屋敷も、知人に安く譲ってもらっただけですよ」

「こんな広いところに一人なんて、寂しくない?」

「サラが居てくれれば、寂しくないですから」

「う、うん? そう、なのかな」


 ルークはやけに、私に此処にいて欲しいようだった。思い返せば、彼はいつも狭い家の中で私の後ろを着いて回っていたのだ。元々寂しがり屋なのだろう。


 もちろん、私もルークと共に過ごせるのは嬉しい。けれど今回はいつまでこの世界に居られるのだろうということを、ずっと考えていた。


「ルーク様、レイヴァン様よりお品物が届きました」


 やがてメイドさん達がぞろぞろと持ってきたのは、色とりどりの高級そうなドレスだった。


 舞踏会にでも出られそうな物から、ワンピースのような着やすそうな形の物、寝間着のようなものまである。


「全て買い取ると伝えてくれ」

「えっ?」

「かしこまりました」


 目の前には、確実に何十着という数がある。それを全部買うなんて大人買いが過ぎる。


「サラ、どれに着替えますか?」

「これ、わたしの、なの?」

「他に誰がいるんですか」


 ルークは立ち上がり「これもサラに似合いそうだ」「いや、これもきっとよく似合う」などと呟きながら、ドレスを見ている。普通それは買う前にするのだと、誰か彼に教えてあげなかったのだろうか。


 それよりも、これ全てが私の物だなんて。一体いくらするんだろうか。先程お金のことについては怒られてしまったので言いづらいけれど、流石にこれはやりすぎだと思う。


「ルーク、ありがたいけどこんなに沢山いらないよ」

「服なんて毎日着るんです、いくらあっても足りませんよ。明日は店に一緒に選びに行きましょう」

「うん……?」


 そうして「今日はこれにしましょうか」と彼に渡されたのは、着やすそうな細身の青いドレスだった。品のある素敵なもので、自分が着るのだと思うと少し浮かれてしまう。


 私は言われた通り別室へ移動すると、後ろからぱたぱたとメイドさんが二人着いてきた。そして自分で着替えようとすると何故か、止められてしまった。


「えっ、自分で着替えられます」

「ルーク様のご命令ですから、やらせてください。私どもが怒られてしまいます」

「……じゃ、じゃあ、お願いします」


 私のせいで彼女達が怒られてしまうのは困る。けれど、人に着替えさせてもらうなど、子供の時以来で恥ずかしい。


 あっという間に服を脱がされドレスを着せられ、髪の毛まで綺麗に結われてしまった。胸下まであった髪は、綺麗なアップヘアになっていて。


「ルーク、どうもありがとう。こんな素敵なもの、着たことないからすごく嬉しい」

「…………」

「ルーク?」

「とても良く似合っています、綺麗です」


 着替え終わってルークの元へと戻れば、彼は少しの間が空いたあと、褒めちぎってくれた。綺麗だなんて言われてしまい私は恥ずかしかったけれど、ルークはさらりと言うものだから、なんだか慣れているなあと思ったりもした。


 何だか彼だけ大人びていて、少しだけ寂しい。


「残りの服は、サラの部屋に運ばせましたから」

「わたしの、部屋?」

「はい。サラに部屋が必要ないのなら、俺の寝室を一緒に使っても良いんですけど」

「あ、ありがとう! 使わせて頂きます」


 するとルークは突然、捨てられた子犬のような瞳で私を見つめた。私は昔から、彼のこの目に弱いのだ。


「……もう、一緒に寝てはくれないんですか?」

「え、えっ、だって、」

「サラのあまり上手くない子守唄、好きだったんです」

「もう、ひどい!」


 完全にからかわれていて、姉の威厳など失われていた。私が頬を膨らませると、彼は子供のような顔をして笑う。


 そんなルークの笑顔を見て、私はひどく安堵していた。彼が幸せになることが、私の一番の願いだったからだ。


 笑顔の彼を見つめながら、これからもルークが笑って居られますようにと、願わずにはいられなかった。

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