忘れもの



 この世界に戻って来てから、一週間程が経った。エリオット様の病院で働くまでは、あと二日。暇な私はたまに魔法の勉強をしつつ、のんびりと過ごさせて貰っていた。


 ……ちなみに一生貴方だけ宣言を受けた翌日も、ルークはいつも通りだった。そのおかげで、私も変わらない態度で彼に接することが出来た。あれは本当に心臓に悪かった。


 ルークと共に朝食を食べ、仕事に行く彼を見送る。その後、部屋で読書でもしようと思っていると、広間のテーブルの上に、見慣れない封筒があることに気がついた。ちらりと中を覗けば、なんだか重要そうな書類が入っていて。


 師団長というのはただ戦うだけではなく、事務仕事もあるのだと、先日彼が言っていたのを思い出す。


「これ、ルークのですよね?」

「はい。確かにルーク様の物です」

「忘れ物でしょうか」

「その可能性はあります。すぐにお届けして参りますよ」

「それ、私が行ってもいいですか?」


 執事さんに是非行きたいとお願いすると、私は早速支度を始めた。騎士団で働いているルークを、ずっと見てみたいと思っていたのだ。これは絶好のチャンスに違いない。今の私は、授業参観に行く保護者のような気持ちだった。


 あまり適当な格好で行けばルークが恥をかくかもしれないと思い、メイドさんにしっかりと身支度を整えてもらった。ちなみに、一番お世話をしてくれるメイドさんのエマちゃんとは、少し仲良くなれて嬉しい。


 騎士団が活動している場所は、王城内にあるという。それを聞いた時、忘れ物を届けるとは言え、そんな場所に一般人は入れないのではと思ったけれど。騎士団の活動場所には専用の入口があり、そこの出入りはわりと厳しくないらしい。


 確かに騎士だらけの場所で、何か悪さをしようとする人は居ないのかもしれない。


 門の前に立っていた人に、忘れ物を届けに来たと封筒を見せれば、すぐに別の人に案内して貰えることになった。ルークがいるのは、第五師団というところらしい。


 敷地内を歩いていると、たくさんの騎士姿の人がいてなんだかワクワクしてしまう。


「こちらになります」


 そうして案内されたのは、訓練所のような場所で。中にはたくさんの人がいて、その中心にルークはいた。


 どうやら、彼が皆に稽古をつけているらしい。


「……すごい、」


 彼は次々と向かってくる人々を、木剣で叩き伏せていく。あまりにも周りと桁違いな強さだった。氷魔法が得意だと聞いていたから、剣術まで強いとは思っていなかったのだ。


 一体彼は、どれほどの努力をしてきたのだろう。


 真剣な表情で剣を振るう姿は、素直に格好いいと思った。思わず見とれてしまい、入り口でぼうっと立っていると、近くにいた男性に声をかけられた。


「第五師団に何か御用ですか?」

「あ、これをルークに渡して貰いたくて」

「ルーク、師団長に?」


 そう言うと、可愛らしい顔をしたその男性は、ぎょっとした顔で私を見た。彼は封筒と私を見比べると、やがて慌てたように封筒を受け取ってくれた。そして穴が空くのではないかというくらいに、私の顔を見ている。


 段々と周りからも視線が集まってくるのを感じた私は、そろそろ帰ることにした。当初の目的である、忘れ物を届けるというミッションと、騎士団でのルークを見るという目的を無事達成したのだ。私は男性に一礼すると、ルークに声をかけずにその場を後にした。




◇◇◇




 先程のルークは本当に格好良かったな、なんて思いながらのんびり歩いていると、不意に声をかけられた。


「……あれ、サラちゃん?」

「カーティスさ、様」

「どうして此処に?」

「ちょっと、知り合いに用事がありまして」


 そこに居たのはカーティスさんだった。その隣には、茶髪の女の子が立っている。歳は私と同じくらいだろうか。


「様なんてやめて欲しいな、友達なんだし」

「いいんですか?」

「もちろん。ああ、そうだ。彼女が前に話した転移魔法使いのティンカだよ」

「初めまして、ティンカです。よろしくね」

「サラです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 彼女は手を差し出してくれ、すぐに握り返せばにっこりと微笑んでくれて、仲良くなれるような気がした。


「よかったら、遠征に行く前にお茶でもしましょう」

「ぜひ! 行きたいです」

「いいね、俺も混ぜて欲しいな」

「カーティス様はダメです、女子の会ですから」

「ティンカは俺に厳しいよな」


 そんなやり取りをしていた時だった。


「サラ!」


 聞き間違えるはずのないその声に振り向けば、ルークが走ってこちらへとやって来るのが見えた。


 あれ、稽古中ではと思っているうちに、あっという間に彼は私の目の前まで来ていた。驚くほどに足が早い。


「どうして、声をかけてくれなかったんですか」

「忙しそうだったもん」

「サラより優先することなんてありません」

「こら、仕事中でしょうが」


 今も出てきて大丈夫なのかと心配だったけれど、休憩時間らしい。キラキラと汗が輝いていて、そんな姿も眩しい。


「書類ありがとうございました。貴女が直接届けてくれなくても、使用人に頼めば良かったものを」

「仕事中のルークの姿を見てみたかったんだ。すっごい強いんだね、かっこよかった! 思わず見とれちゃった」

「……ありがとう、ございます」


 思ったことをそのまま伝えれば、ルークの顔は少し赤くなっていた。どうやら彼は褒められ弱いらしい。可愛い。


「ルーク?」


 そう彼の名前を呼んだのはカーティスさんだった。カーティスさんもティンカちゃんも、ひどく驚いた顔で私達を見ている。最近、こんな表情をよく見る気がする。


「知り合いに用事とは聞いていたけど、まさかルークだったとは驚いたな」

「サラから、遠征の話は聞きました。仕方ないので一度だけは許可しますから、それきりにしてください。もし彼女に何かあったら、絶対に許さない」

「ちょ、ちょっとルーク!」

「……ああ、後は全員最低限の会話でお願いしますね」


 突然、喧嘩腰でカーティスさんにそう言ったルークを、私は慌てて止める。そもそも私が受けた話であって、誘ってくれたカーティスさんに非はない。失礼にも程がある。


「もちろん、怪我はさせないよ。常にティンカと行動させる。けれど、今後についてはサラちゃんが決めることだ」


 カーティスさんはそう言うと、私に「ね?」と爽やかな笑顔を向けた。ルークというイケメンが身近にいなければ、くらりと来ていたかもしれない。


「サラ、門まで送ります。行きましょう」

「ちょっと、ルークってば! カーティスさん、ティンカちゃん、すみません! また!」


 まだ話は終わっていないのに、彼は私の腕を引きどんどんと歩いていく。そんな私達を、二人は最後まで驚いた表情を浮かべ、見つめていたのだった。

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