二度目の出会い


 一度目は、自身の部屋でのんびりとテレビを見ていたはずが、次の瞬間には森のど真ん中に飛ばされていた。訳も分からずにパニックになり、裸足のまま泣きながら森の中を歩き続けたのを覚えている。


 そして二度目の今は、会社から自宅へと帰ってきて、玄関でコンビニのおでんが入った袋片手に、靴を脱ごうとした時だった。覚えのある浮遊感と光に包まれた後、気が付けば私は路地裏のような場所で、見知らぬ男達に囲まれていた。



「……えっ? ええと、」

「なんだコイツ?いきなり出てきたぞ、魔法か?」

「変な服装だな、しかも上玉だ」


 ……お願いだから、ちょっと待って欲しい。


 何が起きたのかはよく分からないけれど、とにかく今自分が非常に良くない状況にある、ということだけは理解した。


「なあ、俺らと遊ばねえか?」

「とりあえずこの服、売ったら高そうだな。脱がすか」


 そんな恐ろしい言葉に、私は気が付けば全速力でその場から走り出していた。待て、と言う怒鳴り声が聞こえて来るけれど、がむしゃらに走り続けた。


 スーツを着てヒールを履いているせいで、走りづらい事この上ない。追っ手の声がすぐ後ろまで来ている。


 ……私は何故、こんな目にあっているんだろうか。今頃は部屋でゆっくりおでんを食べているはずだったのに。


 必死に走り続けているうちに、大きな通りが見えてきた。そうしてほっとした瞬間、思わずバランスを崩し、その場に思い切り倒れ込んでしまう。


 痛みに耐えながら目を開ければ、すぐ目の前に見えたのはすらりと伸びた足と、綺麗に磨かれたブーツだった。路地を抜けた先の景色と人の姿に、もう大丈夫だろうと私は安堵のため息をついた。


 ……先程のあの感覚は、間違いなく異世界へと行き来した時のものだった。まさか、また来てしまったのだろうか。


 そんなことを考えていた私は、自分が地面に倒れ込んだままだったことすら忘れていて。


「……大丈夫ですか?」


 不意に、透き通るような声がした。とても聞き心地のいい声だった。それが目の前の人のものだということに気づき、私は慌てて顔を上げる。


「…………!」


 そして思わず、言葉を失った。そこに居たのは、信じられないくらいに美しい顔をした男性だったからだ。


 私が彼の顔を見て驚いたのと同時に、何故か彼もまた、私の顔を見た瞬間、驚いたようにその目を見開いていた。


「……サ、ラ?」


 やがて、ひどく戸惑ったような彼の口から呟かれたのは、間違いなく私の名前だった。


 ……どうして、私の名前を知っているんだろうか。


 動揺しながらも辺りを見回せば、少し変わってはいたけれど、間違いなく私がモニカさんやルークと共に住んでいた、あの街だった。


 どうやら本当に、戻ってきてしまったらしい。


 改めて、目の前の男性を見上げる。彼は私の顔を見たまま完全に固まっていた。そして、その耳元できらりと光るピアスを見た瞬間、今度は私が固まる番で。


 それは間違いなく、私が何かあったら売るようにと、モニカさんに渡してあったピアスだったのだ。


「……もしかして、ルーク?」


 まさか、と思いつつも私の口からはその名前が零れる。


 それと同時に目の前の彼の表情は、今にも泣き出しそうなものに変わっていた。


「っはい、ルークです、」


 そう言った彼の瞳は、潤んでいるようにも見えた。


「……どうして、ここに」

「この15年、毎日のようにこの場所に来ていましたから」


 そんなことを当たり前のように言うと、彼は金色の瞳を柔らかく細め、愛おしそうに微笑んだ。


 その服装は、騎士そのものだった。


 それもかなり高い地位のものであるというのは、何の知識もない私にもわかった。田舎町のようなこの場所で、そんな彼の姿はあまりにも浮いている。


 そして15年、と彼は言ったけれど。私がこの世界に戻ってきたのは、間違いなくだった。一体、何が起きているのかわからない。



 ──本当に、この人がルーク、なのだろうか。



 そんな疑問を胸に、私は目の前の男性を見上げた。


 私の知っている彼は、たった10歳の子供だった。守ってあげなければと思うくらいに小さくて、細くて。


 けれど目の前にいる彼は、ゆうに20歳を超えているだろうし、背丈だって私よりも頭一つ分は高い。その上、細身ながら引き締まった体つきをしていた。


 それでも、深い海の底のような青い髪に金色の瞳だけは、あの頃と変わっていない。この世のものとは思えないくらいに、目の前の彼は綺麗だった。


「どうして、」


 またも先程と同じような質問が口から漏れた。傍から見ればかなり間抜けであろう私を、彼は笑うことはなくて。


 彼は美しい笑顔を浮かべたまま、まるで王子様のようにその手を私に差し出して、答えたのだ。


「貴女に、会いたかったからです」

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