別れ



 その日は、突然やってきた。



 ルークと共に暮らし始めて5ヶ月、こちらの世界に来てか

ら半年が経った。魔法学院に必要な学費も先日貯まり、王都でのバイトも辞めた。私はモニカさんの食堂のみで働く、いつも通りの生活に戻っている。


 ……かなりのイケメンであるエリオット様に必死に引き止められ、正直少しだけ心が揺れたのは内緒だ。


「今日はルークの好きなシチューだよ」

「サラが作ってくれる食事は、何でも美味しいです」

「本当に? いいお嫁さんになれちゃうね」

「……お嫁、さん」


 私が調子に乗ってそう言うと、ルークは突然考え込むような表情を浮かべ、珍しい質問をしてきた。


「サラは、どんな人が好みなんですか?」

「えっ、好み? うーん、顔がかっこよくて、背が高くて、頭が良くて強くて、お金持ちな人」

「……顔がかっこよくて、背が高くて、頭が良くて強くて、お金持ちな人」


 料理をしながら思いついたことを全て口に出してみたけれど、こんなハイスペックな人間など、二次元にしか居ないだろう。居たところで、私なんかが相手にされるはずもない。


 けれどそんな私の適当な答えを、ルークは何故か真剣な顔で復唱していた。


 そして何故かこの日の夜から、彼は苦手だった牛乳を沢山飲むようになった。理由は分からないけれど、牛乳はとても身体にいいから良かった。




◇◇◇




 それから一週間後、食堂の仕事も休みで、私は朝から部屋を片付けていた。ちなみにルークも、せっせと窓を拭いてくれている。彼はいつも進んでお手伝いをしてくれる天使だ。


 そうしていると、不意に棚の奥から腕時計が出てきた。


 ……元の世界では、私はいつも会社から帰ってくると、スーツを脱ぎ捨てすぐにルームウェアに着替えていた。面倒臭がりな私はいつも服だけ着替えて、アクセサリーや時計はお風呂に入るまでそのままで。


 そのおかげで身につけたままだったネックレスは高く売れたし、ピアスに関してもモニカさんにお金が足りなかった時に売ってほしいと渡すことが出来た、けれど。


 時計だけは、なんとなくそのままだった。これはだいぶ高い値がつきそうだし、確かもうすぐルークの誕生日だ。これを売ってルークに何か買ってあげようかな、なんて考えていると、時間がかなりズレていることに気がついた。


 そして調整しようと、竜頭を回した時だった。


 突然、目の前がぐにゃりと歪んだのだ。それと同時に自分の身体が、眩しいほどに光り出す。


 ──私は、


「っルーク!」

「……サラ?」


 一気に、血の気が引いた。


 私はすぐにルークに駆け寄ると、彼の両肩に両手を置いてしゃがみこみ、その目をしっかりと見つめた。そんな私の様子を見たルークの瞳が、不安の色に染まる。


「っごめんね、もう、消えちゃうみたい。これからはいつも言っていた通りにしてね、」

「……サラ? ねえ、嫌です、ねえ! なんでサラの身体、透けて……っねえ、サラ! 嫌だ!」

「すぐに、モニカさんのところに、行くんだよ……!」


 必死に縋り付いてくるルークの姿を見ているうちに、私の両目からはとめどなく涙が零れていた。


 まだ、この子にしてあげたいことが沢山あった。まだまだ一緒に居たかった、のに。こんなにも早く戻ることになるなんて、思いもしなかった。自分が居なくなった後の準備が済んでいたことだけが、唯一の救いで。


 やがて抱きついていたルークが、私の体をすり抜けて床に倒れ込む。もう、本当に時間がない。


「やだ! サラ、行かないで! 一人にしないで……!」


 綺麗な顔を涙でぐしゃぐしゃにして泣き叫ぶルークの姿を見て、胸が張り裂けそうになる。


 彼と過ごしたのは、たった半年間。それでも、私にとってルークは家族だった。誰よりも大切な存在になっていた。



「っごめんね、ルーク、大好きだよ、」



 どうか、彼の未来が幸せなものでありますように。


 そして、私の視界は真っ白になった。




◇◇◇




 ゆっくりと目を開けると、そこは見慣れた自身の部屋だった。テレビからは子供向けのアニメのエンディングテーマが聞こえてくる。元の世界に、戻ってきてしまったのだ。


 あの世界のことは、夢だったのかもしれない。そう思っても、今着ている服はあちらで買ったもので。確かな現実だったのだと、私に教えてくれた。


 ルークは、まだ泣いているに違いない。そう思うだけで、再び涙が零れてくる。それからしばらく泣いたところで、ぼんやりと部屋の中を見回した私は、違和感に気が付いた。


 半年も経っていたら、コンビニ払いにしていた電気などはとっくに止まっているはずだ。それに元々あまりマメな方ではないけれど、半年も誰とも連絡がつかなければ、行方不明扱いになっていてもおかしくない。母に合鍵も渡してあるのに、誰かが来た様子もなかった。


 慌てて携帯を探せば、充電器に刺さったままですぐに画面は明るくなる。そして画面には驚く程の数の着信履歴と、メッセージが表示されていた。


「……うそ、でしょう」


 けれど、何よりも驚いたのはその日付で。


 私が異世界へと行った日から、たった一ヶ月程しか経っていなかったのだ。

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