未来のために
あの事件の後、食堂の仕事が休みの日の午前中、私は王都で働き出した。ルークはモニカさんが見てくれている。
住んでいる街から王都へは馬車で30分ほどで、片道一時間半の通勤電車に揺られていた頃に比べれば可愛いものだ。
そんな私は現在、大きな病院で治癒魔法を使ったバイトをしている。そして驚いたのが、自分の治癒能力の高さだ。他の光魔法を使う人を知らなかったせいで、今の今まで自分がかなりの魔法の使い手だと言うことに気づかなかった。
「下手したら、サラは国内で五本指に入る使い手ですよ」
医院長であるエリオット様は、私の治癒魔法をいつもドン引きしながら見ていた。まず、魔力の量が尋常ではないらしい。そして治癒スピードが信じられない程に早いんだとか。所謂チートというものなのだろうか。
その結果、私は半日働くだけで信じられない額を稼げてしまっていた。治癒魔法を求めてくる人は尽きない上に、その治療費はかなりの高額なのだ。
本格的にここで仕事をしないかと、エリオット様からとんでもない額を提示されたけれど、やっぱりお断りした。半日でも十分稼げていたし、私はあの街でのモニカさんとルークとの生活を変えたくはなかった。
……それなのに何故、急にそんなバイトを始めたかと言うと、もちろんルークの為だ。
彼の将来のために、私はこの世界について色々と調べたのだけれど、貴族の子息などの魔法を使える子供は皆、12歳になると王都の学院に通うらしい。そこで、魔法の使い方を学び卒業すれば、将来は安泰なんだとか。
この世界は、貴族社会と言えど実力主義でもあった。平民でも能力があれば評価され、重宝される。
初めてであれほどの威力の氷魔法を使えるルークは、絶対に魔法学院へ行くべきだと思った。そして、そのためにはかなりのお金が必要だと知ったのだ。
モニカさんの食堂で稼いだお金と、病院でのバイトで稼いだお金。そして、こちらに来る時に身につけていたネックレスを売ったお金を合わせれば、なかなかの額になる。ネックレスが信じられない金額で売れたおかげで、思いのほか早く学費は貯まりそうだった。
「俺も、働きます」
「えっ?」
そんな生活をしていたある日、突然ルークは思い詰めた表情でそう言った。その申し出に驚きつつ理由を聞けば、働き詰めの私を見て生活が苦しいのだと思ったらしい。いい子過ぎて泣きたくなった。今日も彼は天使だ。
生活が苦しいわけではなく、どうしても欲しいものがあるから頑張って働いているのだと嘘をつけば、ルークは少しだけ安心したような表情を浮かべていて。余計な心配をかけてしまったと、申し訳なく思った。
そして、もう一つ。私は自分がいつ元の世界に戻ってもいいように、準備をし始めていた。全く自分の先のことはわからないし、一生此処にいるかもしれない。
けれど備えあれば憂いなしという言葉があるように、準備はしておいて損はないだろう。それは大好きだった祖父の口癖でもあった。
私が消えた後のことは、モニカさんに色々と頼んである。お金は全て彼女に預けていて、これから先稼いだお金も渡していくつもりだ。学院のことも話してある。学院は寮があるらしいから、それまで暮らす場所としてのアパートのお金も先に払っておいた。
「……本当に、居なくなるかもしれないのかい」
ルークの今後のことを頼むたび、モニカさんは悲しそうな表情を浮かべていた。それはもちろん、私も同じで。彼女のことを母のように思っていたし、別れるのは悲しい。
モニカさんにも色々と頼んでしまったお礼を渡そうとしたけれど、私とルークを娘や孫のように思っているから、そんなものはいらないと断られ、また泣いてしまった。
そして、学院の入学や色々とこの先のことを考えて、ルークをモニカさんの養子にすることになった。モニカさんは夫に先立たれてしまっていて、子供もいないからと、喜んで了承してくれた。
ルークの両親はあの兄の事件の後も、彼を迎えに来ることはなくて。そんな人達が、今後彼のために動いてくれるとはとても思えない。だからこそ、ルークの両親が簡単に手続きをしてくれて安心した。こんなにも簡単に我が子との縁を切ったことを思うと、悲しくなったけれど。
モニカさんの協力のお蔭で、私が居なくなってもルークが暮らしていける準備は着々と進んでいく。
残る問題は、ルーク自身だった。
「もしも私が突然消えてしまったら、すぐにモニカさんのところに行って言う通りにしてね」
「…………」
この話をする度に、ルークはひどく傷ついた顔をした。私だって、こんな話はしたくない。
彼の中での自分の存在の大きさについても、わかっているつもりだ。間違いなく今の私は、彼にとって一番の存在だった。そんな私が居なくなったら、どれだけ辛いだろうか。
けれど何も言わずに突然消えてしまい心配させるよりは、事前に話をしておいたほうがいいと思ったのだ。
「ごめんね、ルーク」
「謝るくらいなら、いなくならないでください」
「……本当に、ごめんね」
出来るのなら、彼の成長を傍で見守りたい。私なんて居なくてもいいと言われるまで、一緒に居たい。
けれど、それは私にどうにか出来るものではなかった。それに、私にも自分の世界がある。家族だって、友達だっている。向こうではどうなっているのかという不安もあった。
それでもなんとなく、それはまだまだ先のような気がしていた。準備はしておいたものの、なんの根拠もないまま数年先くらいだろうと思っていた、けれど。
その日は思っていたよりも、早くやってくることになる。
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