年の差


 差し出された手をとるとひょいと引き上げられ、私は軽々と立ち上がることが出来た。変な感想だけれど、目の前の彼はなんというか、本当に大人の男性だった。


「サラ、血が」

「あっ、ああ、ほんとだ」


 思い切り転んだせいで、私の両膝はストッキングが破れ、血が出てしまっている。


 本当に戻ってきたのなら、魔法も使えるのかもしれない。そう思った私は、右手を膝に向ける。三年ぶりに治れと心の中で念じれば、一瞬で膝は元通りになっていて。


 魔法が使えたことで、一気に戻ってきた実感が増した。


「……本当に、サラ、なんですね」


 その様子を見ていた彼も、そんな感想を抱いたらしい。


「あの、ルーク」

「はい、何でしょうか」


 彼の名前を呼んだものの、返事をされるとやっぱり少し違和感はあった。そして彼は何故か、名前を呼ぶだけでひどく嬉しそうに笑うものだから、動揺してしまう。


 けれど、当時のルークもあれだけ天使のような顔をしていたのだ、15年も経てばこれだけのイケメンに育っていても不思議では無かった。むしろ順当だ。


「私の家なんて、もうないよね……?」

「ありますよ。サラが消えた日から、そのままです。掃除もしてありますから安心してください」

「えっ? だって、家賃とか」

「俺が払っています。大事な場所ですから」


 15年も経っているのに、彼は一緒に暮らしたあの家を大事に思い、ずっと借り続けて居てくれたのだろうか。嬉しくて涙が出そうだ。


 見た目はだいぶ変わっていたけれど、中身はあの頃と変わらず天使のままだった。疑ってごめんねと心の中で謝った。


「そこに、泊まっちゃだめかな」

「……サラが?」

「あ、うん。本当についさっき戻って来たばかりで、家もお金も何もなくて」


 私がそう言うと、何故かルークはとても嬉しそうな、輝くような笑顔を浮かべている。


「それなら、俺の家に泊まってください」

「ルークの家に?」

「はい。掃除してあるとは言え、あの家に生活用品などはないですから不便なはずです」

「そんな、迷惑をかけるわけには」

「俺は、貴女に返しても返しきれない恩があるんです。一生面倒を見ても足りないくらいですよ」


 お願いですから、とまで言われてしまい、私はルークの家でお世話になることにした。それにしても一生面倒を見ても足りないなんて、大袈裟だ。なんて義理堅い子なのだろう。


 近くに馬車を待たせているからと、ルークは歩き出したけれど。ひとつだけ、気になることがあった。


 何故か彼の左手は、しっかりと私の右手を掴んでいたのだ。あまりにも自然すぎて、反応が遅れてしまった。


 ルークは変わらず、涼し気な顔をしている。彼の私に対する感情は、あの頃と変わっていないのかもしれない。


 きっと、今も私を姉のように思ってくれているのだろう。私の見た目はほとんど変わっていないのだから尚更だ。


 ……けれど、私はと言うと恐ろしいほどのイケメンに突然手を繋がれたことで、内心ひどく動揺していた。仕事に追われ、恋愛や男性経験が多くないことがここで仇となった。


 そうして必要以上に緊張しながら歩いた先にあったのは、かなりの豪華な馬車で。これもルークの所有物らしく、また驚かされた。どれだけ出世をしたら、こんな馬車を買えるようになるのだろうか。


「ねえ、ルーク」

「はい」


 馬車へと乗り込み、向かい合う形になる。こうして改めて見ても、彼は驚く程に格好良かった。


 私は一息つくと、気になっていたことを尋ねてみた。


「いま、何歳になったの?」

「25歳になったばかりです」

「…………!」


 10に15を足せば25になる。そんなことは小学生でもわかるし、聞くまでもないことだった。けれど改めて彼の口から聞くと、かなりの衝撃だった。


 ……ルークが、年上になってしまった。


 弟のように思っていた存在が、突然兄になってしまったのだ。理解など追いつくはずもない。正直、今後どういう立ち位置で行けばいいのか、私は分からなくなっていた。


「……女性に年齢を聞くのは失礼だと分かってはいるんですが、サラは今、おいくつなんですか?」


 かなりの時が経っているのに、私の見た目はほとんど変わっていないのだ。当然の疑問だった。そして女性にしっかりと気を遣う紳士に育った彼に、また少し感動した。


 彼よりも年下になってしまったのはかなりショックで、正直年齢は言いたくはなかったけれど。ルークに嘘をつく訳にもいかず、私はしぶしぶ答えた。


「……23歳に、なりました」


 そう答えた瞬間、ルークの瞳がひどく驚いたように大きく見開かれた。姉のように慕っていた女性が、突然年下になってしまったのだ。


 嫌いにならないでね、と思いながら彼を見つめていると、いつの間にかルークは口元を押さえて俯いていた。やはり彼もショックだったのかもしれない。


「……ごめんね、ルーク」

「えっ?」

「なんか、変だよね」

「そんなことありません。俺はむしろ、」

「ルークが、二個上か……」


 窓の外の景色を見つめながら、私は幼い日のルークを思い出し、少し切ない気持ちになっていたのだった。

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