魔法にかけられて
倉井さとり
魔法にかけられて
いったいどうしたんでしょう、先輩。先ほどから、どこか様子がおかしいです。
学校を出たときには楽しそうにしていたのに、先輩は歩くうちに、だんだん
先輩は、そこここから漂ってくる、お夕飯のにおいに気をとられているのかと思いきや、そんなことはなく、ただ
私も先輩のあとを追おうと、ななめ
てくてくとどんなに歩いても、
「ねぇ、
「……なんですかぁ?
「もしかして、なんか
「え、どうしてですか? わりと、しあわせな気持ちですが」
「いや、なんか、
「……あーこれは……、なんでしょう?
「……ああ、タコね」
「え……?」
「ねえ、そんなことより」
「……そんなこと……? ……それで、なんですか、
先輩はわざわざ
「……雪子ちゃん、俺と……」
「俺? 先輩が自分のこと、『俺』なんていうの、はじめて聞きましたよ」
「もう『僕』は
「卒業なんてあるんですか……?」
なんだか気が抜けて、自然と構えがとけてしまいました……。
「いいから聞いて、……雪子ちゃん、僕と付き合ってほしいんだ」
「……え……? 僕? 言ったそばから『僕』に戻ってますよ……。
「ホントは俺だって……、雪子ちゃんのことは好きだったよ。でもさ、どうしても僕、迷いがあって……」
「……だ、大丈夫ですか、先輩? な、なんだか顔が……メラメラしてますよ……。なにかあったんですか?」
「いやさ、OBの
「……。……えー、なんか、
なにがどう結びついて、こうなったのか……さっぱり分からないのですが……。
「ダメかな? 返事は、今じゃなきゃいけないんだけど」
「わ、分かりました……。……って、え? 今じゃなきゃいけない? 普通こういうときは、返事はいつでもいいって言いませんか……?」
「
「……。ご、ご自分のことはそうしたらいいでしょうけど……。……先輩、しっかりしてくださいよ……!」
「いや、今の俺は、生まれてから今まででの中で、一番まともだよ」
「ホ、ホントですか……? ……先輩、たぶん、いろいろ、こじれちゃってますよ……?」
「それで……だめかな」
「……うれしいですよ……すごく……でも……」
このまま返事をかえすのは、誰にとってもよくないように思います……。
「……先輩、と、とりあえず、いっかい、落ち着きましょう? ……どこかで腰を落ち着けて。……そうだ、いつものケーキ屋さんに行きましょう? ちょうど今なら、タルトケーキが
「いや。もう俺は、あそこには、
「な、なんでまた……?」
「……もう僕、自分の心に
「大嫌い!? な、何十回も付き合ってくれたじゃないですか……。言ってくださいよ、……嫌いなら嫌いって……」
「だから僕は今から、弱い自分を
「……い、嫌です。今のままの先輩に
ちょうど私たちのすぐ近くには、こじんまりとした喫茶店がありました。窓から
「いや、俺は、俺の
「……。わ、分かりました。とりあえず、ハンバーガーいっぱい
「いや、申し訳ないけど、いっぱいは食べられないよ。
「……せ、先輩って、こんなめんどくさかったっけ……?」
私が目をまわしていると、先輩はやけに
「なんでですか……」
「いや、いざとなったら、俺は
「……。いえ、うれしいですよ、その気持ちは……。でも30分くらい歩いて、
「そういう問題じゃないんだ。これは
「……先輩の魂、抜けかけてませんか……?」
ということで、場所を
なるべく危険のないようにと
……もう、先輩にはどんな言葉も通じないのでは……、とそんなことを思うと、
「やっぱり、
と先輩は、すこし遠慮がちに言いました。すこしだけ元の姿が
……
「いや……、言いたいこと伝えたいことは山ほどありますが……
「でも、頬っぺたふくらんでるよ、バカみたいに」
「バカ!? いまバカって言いました……?」
「ご、ごめん、でも、言いたいことは言わないと、相手のためにもならないし」
「そのセミナーにやさしさはないんですか……。……
「……いくら雪子ちゃんでも、……ヨコシマ先生のことを悪く言うのは、
「ヨ、ヨコシマ……?」
ヨコシマさん……わ、私の好きだった先輩をかえして……。
……でも、まだ希望はあります。こんなに
「ねえ、先輩。こっち向いて」
「え? なに?」
私は口を
「りゃあ!」
「――ぐえ! ……う、うう……」
私の右こぶしは胸の
「……な、なんのつもり……?」
「
「……治る? なに言ってんの……? いい、雪子ちゃん? ヨコシマ先生によると、これからの時代、
「もう、いいから行きますよ」
私は言って、先輩の左手をとり、ゆっくりと歩き出しました。3歩あるいて、思えば先輩と手をつなぐのは、これがはじめてだなと思い当たりました。この
「……いたた! ……雪子ちゃんってこんなに……暴力的だったっけ……?」
「
「解き放つ? なに本物のバカみたいなこと」
「ハートブレイクなんとか!」
「――ぐえっ! ……雪子ちゃん、ブレイクの意味しってる……?」
「くるくるまわる、あれですよね?」
「それはダンスじゃあ……?」
「ダンス? ハムスターのあれって、ダンスだったんですか!?」
「ハムスター……??」
「あっ、そうだ先輩。前々から思っていたのですが、カラスの泣き声って……」
魔法にかけられて 倉井さとり @sasugari
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