3-2.
ハイアの家の扉は鍵がかかっていない。ケイグランはノックもせずに扉をあけ勝手知ったる我が家のようにずかずかと入って行くと、大声で叫んだ。
「ハイア爺! いるか!」
しばらくまったが返事はないようだった。
「おーい。ハイア爺! どこだぁ? !」
しばしの間の後、部屋のおくからごそごそという音が聞こえ、老人が姿をあらわした。長い髪と長い髭、どちらもが白髪になっている。ゆったりとした服に身をつつんでおり、歩き方も話し方もゆったりしていた。まるで老人の周囲だけ時間の流れが異なるかのようであった。
「ケイグランか。今日は何用じゃ?」
「村長から頼まれて手紙を預って来た。爺宛てだ」
「ごぶさたしております、ハイア様。お手を煩わせてしまい申し訳ありませんが、この場で返事を頂くよう言い遣っております。お読みいただけないでしょうか?」
ハイアは目を細めるとゆっくり二人の顔を交互に見比べた。ひとしきり品定めをするような眼つきをすると、うなずきながら答えた。
「わかった。奥で返事をしたためてくる。ここで待っておれ。ケイグラン、むやみに置いてあるものに触るでないぞ」
そう言い残すと、ハイアは奥の部屋へと姿を消した。残された二人は手持ち無沙汰で立たずんでいた。壁に沿って立っている大きな正体不明の筒が、まるで中に見張り番でも隠れているかのように二人を見つめているようだ。
遺跡のすぐ側にあるハイアの家には出土品が山と置かれていた。筒のような大型のものから、小型のアクセサリーのようなものまで、物によっては壁に吊されており、物によっては棚に置かれてあり、物によっては無造作に床に置かれていたりした。
フェイブルは身の置場がないような風に、立ったまま視線を装飾品と思しき出土品に向けていた。ケイグランは言いつけを聞いていたのか聞いていないのか、ふらふらと部屋の中を歩きはじめると、キラキラ光る小石大の立方体をつまみ上げて窓のほう向けて光りにかざしたり、自分の身長よりも大きな筒に近寄ったかと思うと、その表面に刻まれた筋を指でなぞったりしていた。
「ねえ、ケイグラン。この遺跡って何なんでしょうね」
ふいにフェイブルが話しだした。それはケイグランには唐突な質問だった。
「何って? 古き異端者たちが残したものだって、ハイア爺は言っているぞ」
「古き異端者のことは知っています。俺だけじゃない、みんなが知っています」
「そうみたいだな」
ケイグランは、ハイアから聞いた言い伝えを繰り返し始めた。
はるかな昔。大地は荒れていた。荒廃していた。文明の繁栄は極まったものの、人々はそれに依存しすぎていた。人びとは自分たちの社会を維持することだけを考え、自然全体の利益を無視するようになっていった。
そして変革は訪れた。
「正しき人々」が現れたのである。伽藍把という力を持って生まれた彼らは、文明に依存し大地の荒廃を助長する人びとを、大地の異端者と称して攻撃し、同士を集めた。
永い永い準備の期間を経て、正しき人々は大地の導きを得て蜂起した。最初は劣勢だった彼らだったが、大地の導きという旗印の下に団結し、伽藍把の力を武器にして、次第にその勢いを増していった。
戦いの中で大地の神の怒りが爆発した。その怒りは空にイカヅチを落し、海に大波を起こした。
街は燃え、港は崩壊し、人々は狂乱の渦に包まれた。それでも正しき人々と異端者との戦いは終らなかった。
大地の神はその状況を打開すべく、地上に光の球を降らせた。光の球は異端者たちを包みこみ、遠い空の彼方に連れ去ってしまった。
ここにきて大地の神の怒りはやみ、残った正しき人々は地上の復旧を始める。あくまでも大地に感謝することを忘れないように、大地をむやみに荒らさないようにという方針の下でである。
変革前の文明は元に戻らないが、安穏たる生活を彼らは営んでいった。
そして時が流れて現在に至る。
「でもですね、この遺跡を見ていると考えるんです。まずこの遺跡って俺たちにとっては飾り物ですよね。でもその異端者たちの時代には何か目的があってこれを作って、しかも道具として使っていたわけじゃないですか。それと比べると、俺たちは退化しているんじゃないでしょうか。
それと、今君が話した歴史ってのは、随分と正しき人々、つまり俺たちの祖先に都合が良いようになっていますよね。客観的に見ると、大地の神ってのはずいぶんと不公平だと思いませんか」
「難しいこと言い出すな」
フェイブルはやはり賢いと、ケイグランは感心した。
実のところケイグランはこれらの遺跡の正体を知っていた。これらは、ジャンクだ。
惑星アースでジャンクとして扱われていたような、素子、デバイス、通信モジュール、演算モジュール、工業製品、工業機械、そういったものが、惑星グラウンドでは遺跡として発掘されていた。
ただし、それだけではアースとグラウンドとの関係は分からない。もしかしたら自分はアンチプランクとかいう技術の暴走で、はるか未来に飛ばされてしまったのかもしれないという夢物語のようなことも考えてみたが、辻褄があうようには思えなかった。
フェイブルは続ける。
「俺たちには過去の異端者を上回ると言えるだけの資格があるのでしょうか。俺たちはいったい何なんでしょう」
「それは……」
奥の部屋からの物音で、二人は会話をやめた。ハイアは奥からゆっくりと現われると、再び二人を品定めするかのようにゆっくりと見比べた。品定めといってもそこには悪意は全く感じられず、むしろ我が子を慈しむかのような眼差しだった。
「できたぞ。これをテオドア殿に届けてくれ」
「お預り致します。ありがとうございました」
フェイブルが一歩前に出て一礼しつつ手紙を受け取り、うやうやしく一歩引き下がった。ハイアはうむとうなずくとフェイブルが頭をあげるのを待って、目を合わせて言った。
「はるか過去の異端者が亡び去ったのは、ひとえに自らが大地の子供であることを忘れたためだ」
二人の会話を聞いていたのだろうか。フェイブルとケイグランは視線だけを互いの方に一瞬向け、そのままハイアの言葉が続くのを待った。
「我々はその撤を踏んではならん。大地が我らに味方すること、我らは大地の味方であることを忘れてはならん。この先二人にとってつらいことも起こるかもしれんが、案ずることはない。自然の流れを信じれはきっと万事がうまくいくだろう。忘れるでない、『我らはグラウンドの大地とともにある』」
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