2-3.

 平坦な農道の向こうから、自転車に乗った少年が近づいてくる。


 二人は口笛に似た伽藍把を少年に投げかけた。少年からも返事の伽藍把が返って来る。


 伽藍把の使い方の一つは、離れた場所に「意志」を伝えること。伝えたい事柄を、心の中で思い描いて投げかける様子をイメージすればいい。


 ケイグランは自分が持つNuMA能力と同じであると認識していたが、そのためには何かしらのデバイスが介在しなければならない。地中などのあちこちにマイクロサイズの通信モジュールが埋められているのではないかと考えていた。それこそ、遺跡のかけらが地中に埋まっているのと同じように。


「おっす、キジェ。配達かい?」


「やあ、ケイグラン。そうだよ。このところ別荘への人の出入りが増えているからな。見ろよ、さっき取れたばかりの野菜だ。これなら良い値段になるぜ」


 キジェと呼ばれた少年は、村からしばらく行ったところにある別荘地に野菜を運ぶ途中だった。自転車の荷台から赤色の野菜を一つ取り、手の上でぽおんと浮かべて見せる。


 気候の良いこの島には、大陸の富豪達の別荘がいくつもある。それらは寄り添うようにして立ち、別荘地域を形成していた。キジェのように、そんな別荘に時おりやって来る富豪達を相手に野菜を売りさばく村人は少なくなかった。これもまた、格好の現金収入源だったのである。


「気を付けて行けよ。じゃあな」


 別荘地へは平坦な道が続く。自転車はある程度の距離を移動するために、利用される手段だった。もっとも動力と姿勢制御のために、足のあたりをイメージしながら伽藍把の波動を出す必要があるので、体力を消耗しないということはない。ケイグランが使っていたバイクボードと同じ仕組みのようだった。


 それにこの島は山道が多いため、自転車が使える道は限られていた。ケイグランが仕事場である農場まで徒歩で移動していたのは、その道中が自転車には適さないものだからだった。


 ケイグランとフェイブルは十五分の道のりを歩き、村長の家の入口で立ち止まった。先に声をあげたのはフェイブルだった。


「村長、フェイブルです。ケイグランをつれて来ました」


 二人を出迎えたのは村長の妻であった。彼らは奥の間に通され、そこで村長と向き合った。


「ああ、ケイグランか。急に呼び立ててすまない。まあ座ってくれ。今日の仕事を切り上げて、この書簡をハイア殿のところまで届けてくれないか。その場で返事を書いてもらうよう依頼する内容が書かれている。返事を受け取って戻ってきてもらいたい。勝手を言ってすまないが、すぐ発ってほしい」


「手紙ですか。ハイア樣でしたら、伽藍把が届くのではないでしょうか」


「ああ、駄目だ駄目。ハイア爺、瞑想なんかで集中していると、外からの信号を遮断しているからな。届けるだけなら簡単なもんだよ。行って来るよ」


 そう言いながらケイグランはひょいと手紙を浮べ取り、手の上で無造作にくるくると回しながら腰を上げた。


「それじゃあフェイブル、また後で」


 しかしそれは、村長に制止された。


「ああ、待て待て、二人で行ってもらいたいんだ」


 ケイグランはけげんな顔をして動きを止めた。これくらいの用事であれば、一人で十分なはずだ。


「事情は聞かないでもらいたい。といっても、察しの良いお前らのことだから、予想はつくだろうが。とにかく、二人揃ってハイア殿の所に行き、書簡を手渡し、返事を受け取って返ってくるのだ。頼んだぞ」


 けげんそうな表情を残しつつも、解するところがあったのかフェイブルが立ち上がった。


「わかりました。行きましょう。失礼します、村長」


「あ、あぁ。じゃ、村長」


 どちらかというとフェイブルがケイグランの腕を引くようにして、二人は村長の家を出た。まだけげんそうな顔をしているケイグランを諭すように、フェイブルは小声で言った。


「いいから行きますよ」


 それだけ言うと、フェイブルは先にたってスタスタと歩いていってしまった。ケイグランは弟扱いされたのが悔しそうだったが、何も言い返せずにその後をついていった。彼らの関係では良くある構図だったが、なんだかんだとこれでもうまくいっているのだ。



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