第二章 アルゴの村
2-1.
少年——ケイグラン=ヤーゲントは農作業の手を休めて空を仰いだ。
晴天の青空。
彼は三六〇度、全天ぐるりを見回すと、満足そうな顔をして大きく息を吸い込んだ。
何も問題はない。
心に引っかかる悩みのすべてが晴れたとは言えないが、そんなものは誰にでもあることだ。既に慣れっこになっている。彼はあらためて空を見上げ、目を閉じて息を吸った。彼は我が身を取り巻く大気のわずかな流れを感じ、喜びを感じた。
『我らはグラウンドの大地とともにある』
惑星グラウンドでの彼の師匠となった人物の教えだ。
今日も変わらぬ、大地の加護があることに、心から感謝した。
ケイグランは両手を大きく広げ、つつましやかな大気の動きを全身で感じた。あたかも、風のささやきを聞きのがさんとするかのように。
そして大きくゆっくりとした動きで地面にひざまづき、上半身をかがめて大地に接吻した。
顔をあげて空を仰ぎ見、再び大地に接吻。それを三度繰り返す。
彼は護られていた。大地に、大気に、周囲の自然のすべてに。
自然と歌がこぼれでた。それは「大地の歌 第十五節」。日々の安寧に感謝する歌だった。
あの時——ケイグランが惑星グラウンドの森の中で倒れているところを発見された時——から、一年が過ぎた。
宇宙服を着たケイグランを、当初住人は異端者のように扱ったが、徐々に彼が自分たちと同じ人間であることを理解し、いまでは村民のひとりとして扱ってくれている。
グラウンドという名前の惑星であること以外、ケイグランはこの世界の実際についてほとんど理解していなかったが、人々に受け入れられた今となってはあまり気にならない。
何よりこの世界は、空気が美味しい。アースのアンダーグラウンドとは大違いだった。
それにもうひとつ、ケイグランが住人に受け入れられた理由がある。
——ヒューイ。
ケイグランは背中を刺激する波動を感じた。
ケイグランが受け取った波動は、彼がよく知っている人物のものだ。同じく伽藍把の波動を返しつつ、振り返って右手を振った。
「おーい。こっちだ」
ケイグランを探しに来たのは、フェイブル=ビストノート。ケイグランの友人である。フェイブルのほうがわずかに年長だが、その差は一年もなかった。
「おっす、フェイブル、どうしたんだ。仕事はいいのかよ」
「村長が呼んでいます。俺たち二人に話があるそうですよ」
彼は誰にでも敬語で話す。
「はなし? なんだい。仕事中だっていうのに」
「仕事中っていったって、大気と戯れていたじゃないですか」
「見ていたのか、人が悪いな。なあに、ただ空気の美味しさに感動していただけさ」
「感動っていうけど、いつもと同じ大気じゃないですか。あいかわらずですね、『大地は我らとともにある』でしたっけ?」
「ちがうちがう、『我らはグラウンドの大地とともにある』だ。護られているのはおれたちのほうで、そばに居させてもらっているのは、俺たち人間なんだ。ハイア爺の口ぐせだ」
「君はよっぽどハイア様に入れ込んでいるんですね。まあいいでしょう、行きましょう」
ケイグランは耕す途中の畑のことが気になりふっと地面に目をやったが、クワを置いてフェイブルの後をついて歩きだした。ここから村に戻るまでは約十分、村長の家までは更に五分程度かかる。
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