1-3.

 目が覚めたのは本能によるところだったのだろう。


 もし眠ったまま船が目的地に到着し、出荷用のハッチが開き、そこが真空の宇宙だったりしたら、自分は死ぬことになる。


 そう気づいたケイグランの動きは速かった。棚に固定していた身体をはずし、オレンジのランプの場所に近づく。大抵こういう非常用のマーカーの近くには、非常用の装備があるものだ……あった。


 非常用に設置されていた宇宙服を取りだし、とりあえず下半身だけ身体を通す。


 上半身を動きやすくしたまま、非常用通信パネルを探す。無論まともな通信を利用したら密航がばれるので、そんなことはしない。通信設備に手を当てて心のレーダーを開放する。NuMA能力である。


 船内の通信ネットワークをたどっていき、乗員の会話を探りだす。何でもいい、情報が欲しい。


 乗務員はどうも総舵手ひとりらしく、後は乗客が二名いる。二名の乗客は個室で並んで座っていた。やはり貨物船らしく、人間が座る空間は最低限に抑えられているようだ。


『隕石は飛びますかね、大佐』


『飛ぶさ。隕石サイズの物体の軌道を完全に制御するのは、現在のアンチプランク技術では無理だが、近くまで飛ばして軌道を修正すればいい。その程度の軌道計算は、古典力学の範囲だと聞いている』


『そうでありますか』


『彼のアースの存在は認めてはならない。評議会が下手に動く前に、手を打ってしまえばいい。副水本に帰らずの言葉とおり、落とした隕石は戻らんよ』


『彼のアースの住人はどう思うでしょう』


『見捨てられた住人だ。我々が気にすることではない。それより到着はまだか? 』


『予定では間もなくと思われます』


『そうか』


 ケイグランは回線から手を離した。


 彼らが話している内容を全部理解できたわけではなかったが、アースに隕石を落とそうとしているようだ、と判断した。


 休息ととったケイグランは、活力に満ちていた。頭もすっきりしている。これまでの監禁生活での朦朧とした頭脳が嘘のようだ。


 アースに隕石を落とされたりしたら、アンダーグラウンドの住人もただではすまない。かりに、アンダーグラウンドだけ無事だったとしても、地上は人の住めない世界になるかもしれないし、生き残った地上の住人がアンダーグラウンドを襲うかもしれない。


 ケイグランは決意した。隕石の移動とやらを、阻止しなければならない。


 オレンジのランプが点滅し、室内にブザーが響く。ケイグランは宇宙服の上半身部分を慌てて装着し、ヘルメットをかぶった。


 それとほぼ同時に、輸送船は停止した。低い衝撃が倉庫内に響く。


 しばらくしてのち、搬出口が開き、同時に空気が抜ける音がした。空気の流れに引かれないように、ケイグランは棚の柱を握り締めた。


 搬出口から何本ものアームのついたロボットが入ってくる。固定されている荷物のパックを外し、次々に船外に運び出していった。


 ケイグランは、ひときわ大きなパックが持ち出されるタイミングを見計らって、パックの側面にへばりついた。アームロボットがどの程度の視覚認識を行っているのかは分からないが、念のためロボットからは見えない位置を選ぶ。


 船外に出ると、そこには隕石があった。


 そうとしか表現できない驚きがあった。


 巨大な隕石にいくつかの部品が取り付けられており、その背後に宇宙船が何機も並んでいた。どうやらこれは、先程「大佐」と呼ばれていた人物ひとりだけでの作戦ではないように思える。


 ゆっくりと移動するアームロボットの動きを見定めつつ、隕石の方角を自分の身体が向いたタイミングを選んで、荷物を蹴って隕石へと飛び出した。


 両手両足を縮こめて、重心が変わらないように、おかしなトルクがかからないように気をつけながら、ゆっくりと隕石本体へと接近する。


 近づいてみると、隕石は石ころなんてものではなく、山であった。地上にある山をすっぽりと引き抜いてきたくらいの大きさで、ケイグランの前にそびえ立った。


 距離感が分からなくなる。


 宇宙服の腕にレーザー式の距離計があるのを見つけて、隕石との距離を測りながら、背中についている小型のプラズマイオンエンジンを動かして減速し、姿勢を整えて足から着地した。


 訓練をしたことがないわりには、上出来だと思った。


 非常装備として頂戴してきたバックパックには色々と重宝するものが入っていて、手足につける爪というのもそのひとつだった。これがあれば隕石から振り落とされることなく表面を移動できる。


 巨大な隕石の表面を虫のように移動して、固定された部品のひとつに到着した。部品といっても、大型のトレーラー並のサイズではある。ケイグランの推測では、これは大型のプラズマイオンエンジンで、こいつを推進力としてアースへと隕石を落下させるのだと考えられた。


 そうであるならば、プラズマイオンエンジンの制御ネットワークの、大元を破壊するのが確実だろう。


 ケイグランはエンジンに手を添えた。NuMA能力発動。機械の制御に介入する。


 プラズマエンジンの制御系は把握した。だが、もうひとつ、別系統のシステムが存在していた。


「アンチプランク制御系……なんだこいつ」


 そういえば、似たような単語を宇宙船での傍受でも聞いた記憶がある。ケイグランは知らない技術だった。少なくとも地上では使われていない技術だ。


 しかし、これが根幹部分を担っていることは、容易に想像できた。


「理解できない機械もなんとかしてみるのが、ジャンク屋の矜持だよな。普段なら絶対に手を出さねえけど」


 なんとかすると言っても、この場合は計画がうまくいかなくなればよいわけで、要は破壊するなり暴走させるなり、あるいはシステム側ではなくて隕石側に問題を発生させればよい。簡単に言えば、引っ掻き回すのが、一番手っ取り早い。


 ケイグランは、アンチプランク制御系を、片っ端からONにした。起動順番なんか何も考えない、ただ滅茶苦茶にシステムを立ち上げているだけだ。アンチプランクというのがどういうシステムなのか分からないのだから、まともな操作なんかできるはずもなかったし、正しい破壊方法も分からなかった。


 やけっぱちとも言えた。


 ふいにケイグランは宇宙服の中の胸元が熱くなるのを感じた。シャツの中に入っているネックレス——廃棄物処理場で拾った棒だ——が熱を帯びている。


「なんだ? 熱ッ!」


 身体が光る。像がぶれる。思わず手足を見比べてしまう。


 ぶんっ!


 耳の奥に指を突っ込まれた感触がして、意識が遠くなっていった。




 仰向けになった状態で意識を取り戻したことに気づいた。宇宙服のヘルメットは割れていて、それでも呼吸ができていることから、ここが地上であることが分かる。


 森だ。


 空気が美味しい。


 なんて美味しい空気なんだろう。


 ケイグランはヘルメットを外した。


 そして再び仰向けになった。


 ここはどこだろう。どして自分はここにいるのだろう。


 だけど、なんて——気持ちがよい場所なんだろう。


 ふと視線を横にやると、少女がじっと自分を見ていることに気づいた。


「いつからそこに?」


「さっきからよ。あなたが、大きく息を吸うところから」


「ここは……アンダーグラウンドへの入口は知ってるか?」


「アンダー……何? グラウンドは、この星の名前だけれど?」


「星? この星?」


「そう、惑星グラウンド。そしてここは、アルゴの村の近くの森。森の名前はないわね」


「何を言っているんだ」


 ケイグランは空を見る。幻覚の一種だろうか。それとも、まだ眠っていて、夢の中にいるのだろうか。


「私の名前は、フレア。人を呼ぶわね。私だけじゃどうにもできないから」


 そして少女は地面に手を当てて、小さくつぶやいた。


伽藍把がらんぱ


 彼女の手から波動が生まれた。その波動はケイグランに伝わった。


 それは——NuMA能力そのものであった。


 ここはいったい、どこなのだろうと思いながら、ケイグランはまぶたを閉じた。


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